ワークショップ 声優演技研究所 diary

「なんで演技のレッスンをしてるんですか?」 見学者からの質問です。 かわいい声を練習するのが声優のワークショップと思っていたのかな。いろんなことを知って演技に役立てましょう。実技も知識もどっちも大切!ぜひ、どうぞ。❤

ナチスの原爆計画

スパイはどのようにして人の心理を見抜くのか

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連合国はナチス・ドイツに原爆計画があることを知っていたが、アメリカの諜報要員はほとんどその詳細を知らなかった。

 オーストリアの科学出版社社主パウル・ロスバウトによってドイツの原爆計画の事実をたまたま知らされていた英国は、ドイツの研究がアメリカにかなり遅れをとっていることを確信した。

 しかしアメリカは、その情報よりも、ひょっとしてドイツの原爆計画が進展しているかもしれないという不安を募らせていた。 

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これは現実にあったお話です。

あえてネット通販のリンクはしません。図書館で借りるか本屋さんで買おうね。

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第二次世界大戦末期のことです。

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アメリカなどの連合国側が恐れたのは「ナチスの原爆計画」でした。

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もしもヒトラーが原爆をもってしまったら、アメリカは負けてしまいます。

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そこでアメリカの、OSS【注】 と呼ばれるスパイ組織は、ナチスドイツの原爆開発の中心人物・ハイゼンベルグの暗殺を計画します。

  • 【注】米国OSS(戦略情報局)後の中央情報局(CIA)の前身。

暗殺計画の全貌

ハイゼンベルグは暗殺の標的になった。

1944年12月18日。専門家を前に物理学講義を行う予定だったチューリヒで、ハイゼンベルグを暗殺するという計画である。

この講義の最中、ハイゼンベルグ原子爆弾を研究しているという事実を口にしたなら、OSSのスパイはこの場でこの科学者を射殺することになっていた。

しかしこのチューリヒ大学での講義は、原子爆弾に適用できない量子力学の論理上の話題についてであった。

スパイは、ハイゼンベルグ原子爆弾ではなく宇宙線 (放射線) について研究しているのではないか?と考えた。

それでこの暗殺計画に「ハイゼンベルグと家族を、誘拐もしくは米国に移住させる」といったプランが含まれた。

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なんでスパイアクション映画みたいに問答無用で暗殺しないんですか。

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無実の人を殺すわけにはいかないでしょ?映画と現実は違うんだし…。

「ハイゼンベルグは原爆を本当に開発寸前なのか?」

「ハイゼンベルグヒトラーを支持しているのか?つまり戦争に協力しているのか?」

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このような証拠がないと人は殺せないわ。ハイゼンベルグは、ただ疑われているだけかもしれないしね。

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つまりスパイは、「疑惑が本当か?」を確かめなければならないんですね。

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そう。そこで【物理学者に化けた】スパイは、ハイゼンベルグに夕食パーティのときこう質問したの。

 

ヒトラー政府の支援者ですか?」

 

それに対してハイゼンベルグ

「自分はナチではなくドイツ人である」

 

さらにこのパーティに出席していた、スパイではないふつうの物理学者が

「あなたは今この戦争が敗北であることを認める必要がある」

 

と問うとハイゼンベルグ

「ええ、認めますよ、しかし、我々が勝利したならもっとよかった・・・」

 

それで暗殺計画は中止。

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スパイはハイゼンベルグを暗殺しなかったの。

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???もうちょっとわかりやすく説明してもらえますか。

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ヒトラー政府の支援者ですか?」は、ヒトラーが好きですか?応援してますかって意味ね。

 

「自分はナチではなくドイツ人である」は、わたしはドイツ人だが、ナチスヒトラーはキライだという意味になるわ。

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そして決め手になったのが「ドイツはこの戦争で負けますよ」と言われて、ハイゼンベルグは反論しなかったの。

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ハイゼンベルグは「我々が勝利したならもっとよかった・・・」つまり愛国者であるにもかかわらずドイツは負けると認めたの。

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もしもナチスのために原爆を開発してる愛国者なら、きっとこう答えたでしょうね。

 

「ドイツは今、新型爆弾を開発中だ。それが完成すれば我々の勝利だ」

 

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現実のスパイは、このような会話のやり取りから相手の気持ちを見抜いていくんですね。

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このエピソードは面白いし、映画の一場面になっても全然おかしくないです。

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こういったことを知っておくと、演技のヒントとして将来、役に立つかもしれないね。ある意味、一昨日(おととい)のブログの続きでした。それでは、また。

 

参考文献

ヒトラーの科学者たち 作品社

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 P.S.

つけ加えますと、ハイゼンベルグが、ナチスの原爆計画の中心人物であったことは事実です。

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しかし【ハイゼンベルグの方法では、実際に原爆を開発するのは不可能だった】というのが本書「ヒトラーの科学者たち」の見解となっています。

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ただし、この本とは異なる説も存在するようです。

ユンクの「千の太陽よりも明るく」の見解、トマス・パワーズの「なぜナチスは原爆製造に失敗したか」の見解などです。未読ですので、いずれ読んでみたいと思っています。

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ジェレミーバーンスタインアメリカの理論物理学および科学エッセイスト】は、ドイツの原爆プロジェクト神話をこう要約しています。

「ドイツ人は原爆を作れた。どのように作るかは分かっていた。しかし、主義としてやらなかった」

 

「私はウラン動力を作る可能性を完全に確信していた。しかし、我々は原爆を作ることを考えたことはない。だから私は心底喜んでいたのは、動力源【原子炉】づくりであって原爆ではなかったことを打ち明けなばならない」

ハイゼンベルグ

 

「歴史は英米が原爆をつくったと同時に、ヒトラー体制下のドイツは機能する動力源を作ったと記録するだろう。換言すれば、ウラン・エンジンという平和的開発がヒトラー体制下のドイツでなされ、いっぽうの英米は身の毛のよだつ戦争兵器を開発した」

ヴァイツゼッカー【ドイツの物理学者で科学哲学者】

 

アメリカの原爆

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マンハッタン計画アメリカの原爆開発計画】に参加した、ロスアラモス国立研究所の多くの物理学者の動機は、核兵器ヒトラーが最初に保有することを阻止するためでした。

 

ヒトラーが原爆をもっていないことが明らかになった1944年12月、アメリカの原爆開発計画チームの一人、物理学者ジョセフ・ロートブラットは「ドイツが核兵器を作ることができないことが明確になったいま、このプロジェクトは放棄されねばならぬ」と確信し、この計画から身を引きました。

 

ロートブラットは、アメリカの原爆開発計画から、自主的に手を引いた唯一の物理学者として知られています。

 

「科学者はまず人間であり、科学者であることは二の次である」

 

ロートブラットは、世界平和とすべての核兵器の廃絶に専念する組織、パグウォッシュ会議の共同創設者となり、ノーベル平和賞を受賞しました。