飛ぶ教室 その2
「飛ぶ教室」は、1933年に出版されました。
この年、ヒトラーが政権をにぎったため、自由主義者で平和主義者であるケストナーは、彼の書いた小説や詩集を公衆のまえで焼かれ、ドイツで著作を発表することを禁止されました。
ナチスもケストナーの子どもの本は禁止しなかったので、その年に、つまり本を焼かれた年に「飛ぶ教室」が出版されたんです。
それを知ったうえで本書を読むと、またいろんなものが見えてくると思います。
「飛ぶ教室」は小説ですから、事実そのままではありませんが、気持ちのうえではケストナーの自叙伝的小説といっていいでしょう。
文句なしにおすすめします。
飛ぶ教室 ケストナー
私は、ある著者からおくられた子ども向けの本を読みはじめましたが、まもなくわきへおきました。
ひどく腹が立ったのです!
なぜだか、いいましょう。その著者は、じぶんの本を読む子どもたちをだまして、はじめからおわりまでおもしろがらせ、楽しさで夢中にさせようとします。
どうしておとなはそんなにじぶんの子どものころをすっかり忘れることができるのでしょう?
そして、子どもは時にはずいぶん悲しく不幸になるものだということが、どうして全然わからなくなってしまうのでしょう? (この機会に私はみなさんに心の底からお願いします。みなさんの子どものころをけっして忘れないように!と。)
つまり、人形をこわしたからといって泣くか、すこし大きくなってから友だちをなくしたからといって泣くか、それはどっちでも同じことです。
この人生では、なんで悲しむかということはけっして問題ではなく、どんなに悲しむかということだけが問題です。
子どもの涙はけっしておとなの涙より小さいものではなく、おとなの涙より重いことだって、めずらしくありません。
誤解しないでください、みなさん!
私たちは何も不必要に涙もろくなろうとは思いません。私はただ、つらい時でも、正直でなければならないというのです。骨のずいまで正直で。
人生の真剣さというものは、お金のために働くようになってからはじまるというものではありません。そこではじまり、そこでおわるものでもありません。
こんなわかりきったことを、みなさんが大げさに考えるようにと思って、私はことさらとりたてていうのではありません。また、みなさんをおどすためにいうのでもありません。
いや、いや、みなさんはできるだけ幸福になってください!
愉快(ゆかい)にやって、小さいおなかがいたくなるほど笑ってください!
ただ、何ごともごまかしてはいけません。またごまかされてはなりません。
不運にあっても、それをまともに見つめるようにしてください。
何かうまくいかないことがあっても、恐れてはいけません。不幸な目にあっても、気を落としてはいけません。
元気を出しなさい!
不死身になるようにしなければいけません!
みなさんは、ボクサーの言葉をかりると、受け身になった場合にも、がんばらねばなりません。打撃を忍(しの)んで、こなしていく修業が必要です。
そうでないと、世の中に出て、最初の一撃をほっぺたに食らうと、グロッキーになります。世の中というものは、とほうもなく大きなグローブをはめていますよ、みなさん!
それにたいする覚悟ができていないで、一発食らうと、もうばったりうつむきにのびてしまいます。
そこで、元気を出し、不死身になるんですね!わかりましたか。
それをまず心得たものは、もう半分勝ったようなものです。そういう人は、あまんじて顔を打たれても、沈着(ちんちゃく)さを失わず、あの二つのたいせつな性質、つまり勇気とかしこさをあらわすことができます。
私がいまいうことを、よく頭にいれておきなさい。
かしこさのともなわない勇気は、不法です。
勇気のともなわないかしこさは、くだらんものです!
世界史には、ばかな人々が勇ましかったり、かしこい人々が臆病(おくびょう)だったりした時が、いくらもあります。それは正しいことではありませんでした。
勇気のある人々がかしこく、かしこい人々が勇気を持った時、はじめて人類の進歩は確かなものになりましょう。
これまでたびたび人類の進歩と考えられたことは、まちがいだったのです。
子どものころを忘れないで
禁煙先生の台詞を紹介します。
「正義先生と、わたしとは、この学校で、また外の人生で、いろいろなことを学びました。
しかしわたしたちは何ひとつ忘れていません。少年時代のことを記憶にはっきりとどめています。これがかんじんなことです。
かんじんなことを永久に心にきざみつけて、君たちの少年時代を忘れないように!
君たちがまだ子どもである現在、そういっても、まったくよけいなことにきこえるでしょう。
だが、よけいなことではありません。わたしたちのいうことを信じてください!
わたしたちは年はとりましたが、若い気持ちでいます。
わたしたちふたりは、そのへんのことは、よく心得ています。」
本当の勇気とは
そして飛ぶ教室は、マルチンの「お願い」で締めくくられます。
ナチスに本を焼かれても、やさしい心をケストナーは忘れませんでした。
ケストナーは、あたたかい思いやりと、知恵と勇気をもって生きることで、人類を進歩させることができる、といっているのです。
「願いごとは今だ!」
少年は流れ星の飛ぶのを目で追いながら
「おとうさんと、おかあさんと、正義先生と、禁煙先生と、ヨーニーと、マッツと、ウリーとに、そしてゼバスチアンにも、この世でほんとにたくさんの幸福がくるよう、お願いします!それからぼく自身にも!」
参考文献