おれに関する噂
ある日ふつうの人が有名人に!
NHKテレビのニュースを見ていると、だしぬけにアナウンサーがおれのことを喋(しゃべ)りはじめたのでびっくりした。
「次は国内トピックス。森下ツトムさんは今日、会社のタイピスト美川明子さんをお茶に誘いましたが、ことわられてしまいました。森下さんが美川さんをお茶に誘ったのは今日で五回目ですが、一緒にお茶を飲みに行ったのは最初の一回だけで、あとはずっとことわられ続けています」
「ん。なんだ何だなんだ」
おれは茶碗を卓袱台(ちゃぶだい)にたたきつけるように置き、眼を丸くした。
「なんだ。これはいったい、なんだ」
この物語の主人公は、人助けや大発見、もしくは悪いことをしたわけでもないのに、ある日とつぜん有名人になってしまいます。
翌朝、新聞の社会面におれのことが出ていた。
美川さん、森下さんの誘いを拒否
混雑した通勤電車に乗り、おれは隣に立っている男が読んでいる新聞にふと眼をやった。
おれの記事が出ていた。
はらわたが煮えくり返るような怒りに襲われた。
おれは満員電車の濁った空気を肺一杯にすいこんだ。
くそ。その手には乗らんぞ。発狂なんかしてやるものか。
「わははははははは」
おれは高笑いをした。そして怒鳴った。
「誰が、だれが発狂なんかするものか。おれは正気だ。わはははははははは」
この小説が発表された当時は、筒井先生お得意のドタバタSFといった印象でしたが
現在のSNSが発達した世の中ではもしかしたら誰もが同じ目に・・・という読み解き方もできちゃう、ちょっと怖いお話にも感じます。
たまたま名前が同じだった、というだけで、ひどい目にあったという事件が現実にありましたからね。
時代の変化とともに、小説の解釈も変わってくるんですね。おすすめします。
参考文献
おれに関する噂 新潮文庫