読解力アップの入門書
川端康成「学校の花」は、可憐(かれん)で美しい旅芸人の少女、小夜子にほのかな恋心を抱く男の子のお話や、女の子どうしの友情や、血のつながらない母と子の愛と葛藤を描いた、少年少女向けの心温まる作品です。
学校の花
「この間、僕、役者の町廻(まちまわ)りを見たんだよ。みんな人力車に乗って、その女の子は四番目の車に乗っていたよ。
膝(ひざ)に鳩がいるのを、僕が真先(まっさき)に見つけたんだよ。鳩、鳩って、わいわい騒いで寄って行ったから、鳩はびっくりして飛んだけどね、やっぱりその女の子の上を舞いながら、また肩にとまるんだよ。
可愛かったなあ。
みんなその女の子ばっかり見るんだよ。だから恥ずかしがって、その子は日傘を拡(ひろ)げて、顔をかくしちゃったんだよ。
そうしたらね、意地悪そうな女が、前の車から振り向いて、こわい目つきで睨(にら)むんだよ。女の子ははっと縮かんで、日傘をすぼめたよ。だけど、真赤(まっか)になってね、うつ向いたきり、顔をよう上げないんだよ。気が弱いんだね。」
「あの子は学校へもやってもらってないんだよ。あんな小さいのに、見せ物みたいに引っぱり廻(まわ)されて、可哀想だね。白粉(おしろい)をつけていたよ。」
「きれいなお人形みたいだったよ。瞼(まぶた)に紅もつけていてね、夢のような目だったよ。
きっと涙がいっぱいたまってるんだけど、その涙を流すと叱(しか)られるんだね。悲しいのをこらえてるんだね。」
いよいよ芝居のはじまる、前ぶれの三番叟(さんばそう)です。*1
小夜子のたよたよとか弱い体には、にわかに気高い力が加わりました。芸術の神が乗りうつったのか、小さい子供が舞台いっぱいの大きさです。
「あの子の踊は天才だわ。」
叔母さんは小学校の頃から、藤間流のお稽古に通い、名取になろうと思えば、いつでもなれるほどですから、踊を見る眼に狂(くるい)はありません。
「あの子は、踊のためにこの世へ生まれてきたみたいに、素晴らしい素質だわ。あんな下手くそな三味線(しゃみせん)で、あんなに立派に踊るなんて。
勿体(もったい)ないわねえ、せっかくの天才が田舎芝居に埋(うも)れて、滅んでしまうのかしら。踊の神様に申し訳ないわ。東京のお師匠さんに見せたら・・・。」
「叔母さん、見せて下さい。東京へ連れて行って、小夜ちゃんに踊を習わせて下さい。」
川端文学と動物と花
少年少女向けに書かれた川端文学には、生き物やお花が人びとの愛や友情を結びつける役割を担っている作品がいくつかあります。
「学校の花」 鳩
「愛犬エリ」 犬
「翼の叙情歌」 鳩
「開校記念日」 山雀(やまがら)
「駒鳥温泉」 駒鳥(こまどり)
「弟の秘密」 犬と猫
「翼にのせて」 雀と百舌と鳩
「コスモスの友」 コスモス
<動物や花以外では>
「兄の遺曲」 音楽
「英習字帖」 教科書
大人向けの文章よりわかりやすく書かれてますので、読解力アップの入門書としてうってつけだと思いますよ。すべておすすめします。
大人向け川端文学はドロドロしたものもけっこうありますが、少年少女向けに書かれた作品は清々(すがすが)しく清らかです。
というわけで「学校の花」が、どれだけ清(きよ)らかか。抜粋します。
小夜子は喜びにふるえる声で、「これをあげますわ。小夜子の一番大事なもの・・・。」
さて、 女の子の一番大切なもの とは、なんでしょう
鳩でした
ね、清らかでしょう。
おまいらはドロドロだ。性根が腐ってますね…。
清(きよ)らかな紹介の見本
「学校の花」に登場する小夜子と清水さん。二人の女の子の母親はどちらも本当の親ではありません。しかし清水さんは貧しいながらも愛情たっぷりに育てられ、小夜子は旅芸人の一座でいつもいじめられているんです。
ひと口に継母(ままはは)といっても、やさしい人もいれば、そうじゃない人もいるんだね。
「継母=意地悪な人」のように単純にイメージするんじゃなく、いろんなことを知って奥深い演技や役作りができる声優になってください。応援しています。
こうでなくっちゃ。ですね。
参考文献
川端康成全集 第十九巻 新潮社
*1:
幕あけの祝儀(しゅうぎ)に舞う舞。