ワークショップ 声優演技研究所 diary

「なんで演技のレッスンをしてるんですか?」 見学者からの質問です。 かわいい声を練習するのが声優のワークショップと思っていたのかな。実技も知識もどっちも大切!いろんなことを知って演技に役立てましょう。話のネタ・雑学にも。💛

サイテーだけど最高に魅力的💗

こんな女に惚れたが最後、男は地獄へ一直線f:id:seiyukenkyujo:20190913102311g:plain

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それが「女であること」の登場人物、さかえという女です。

 

女であること 川端康成

さかえちゃんとは f:id:seiyukenkyujo:20191122020501g:plain

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年齢は二十歳くらい。美人です。

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気を悪くすると三日も四日もなんにもしません。行動は計画性がなく行き当たりばったり、わがままでやきもち焼き。だけど機転が利いて仕事はできます。気に入った男には甘え上手、他の男にはつんけんして素っ気ない…かと思えば、一転して甘えてきたりします。

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むら気で子供っぽくて一本気で高慢です。美人という利点を心得ていて、人の心に入り込む術(すべ)を十分に把握(はあく)しているトンデモ女です。

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小悪魔というか、ファムファタル(運命の女)というか、「男を破滅させる魔性の女」それが、さかえちゃんです。

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だけど魅力的なんだよね・・・。

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ざっくりあらすじを説明しますと、弁護士で誠実な人柄の佐山【美男子】。その妻でやさしく人望の厚い市子【美人】。その夫妻の家に引き取られている、殺人犯の父親 (裁判中) を持つひかえめで物静かな、年はさかえちゃんとおなじくらいの娘、妙子【美人】。

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そんな3人の平和でおだやかな家庭に、さかえが入り込んで引っ掻き回す、そこにさかえの幼なじみの光一も加わって…というお話です。

さかえには光一の唇(くちびる)よりも、市子の唇の方が、はるかに強く残っている。感情もみだれて高ぶっていた。

さかえは市子が好きだし、佐山が好きだし、二人を合わせても好きなのだが、時によると、二人がいっしょであるのに、じりじりしてくることもあった。

佐山の愛情は、さかえを案じるような時、さかえを見るまなざしや、言葉のはしに、自然と現れる。

そしてさかえは市子からも、まして光一からなどは得られない、女のよろこびを感じる。

それはさかえも佐山にひかれているのにちがいない。幼なじみの若い光一などは愛したところで、底が見えていてつまらない。

またさかえは、水商売の女でもないのに、男と年のちがいなど、ほとんど気にならないのが、自分でもふしぎなくらいだった。むしろ、年上の男に身をゆだねるのに、言うに言えぬ快感さえ夢みた。

さかえは佐山の子供あつかいのいたわりに、もうだいぶん前から、かんしゃくを起こしていた。

「娘ということで、小父さまは気がとがめるのなら、光一さんと結婚して、別れてからでもいいわ。」と、思ってみたりさえする。

さかえは市子に取ってかわろうとか、夫婦なかをこわそうとか、かりにも考えられはしないが、市子の唇も知った上は、佐山もゆさぶるだけでなく、つかまえてみたい。

佐山がさかえの危険を心配してくれるのなら、佐山によって自分を破壊されてみたい。奇怪な心理と知りながら、さかえのなかには、そんな女の虫も動いていた。

頁379-382

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この、さかえちゃん。川端康成の最高傑作だと僕が勝手に思っている「美しさと哀しみと」に出てくる魔性の女、坂見けい子と同じ匂(にお)いを感じます。

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さかえちゃんと坂見けい子。もしも今後、両作品を映像化することがあるとしたら、どちらの役も同じ女優でやってほしい、なんて思ってます。*1

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破滅するのはわかっているのに、その魅力には抗(あらが)えない・・・。そういうのって、なんだかゾクゾクしますね。

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www1.odn.ne.jp

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みんなからいろいろ言われたりしてるけど、さかえちゃんにはさかえちゃんなりの哀しみや苦しみがあったりするのにな・・・。

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さかえがファムファタル(運命の女)だと感じられる理由に、さかえが計画して行(おこな)った行動よりも、むしろ無計画に行動した結果のほうが、他人の運命を大きく左右している点が挙げられるな。

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計算高い女というよりも、さかえの生まれながらにしてもっている「何か」が周囲に大きな影響を与えてしまうんだよ。

 

人を怒らせるようなことを、言ったりしたりしながら、相手がほんとうに怒ると、さかえは不当にいじめられたようにさびしくてたまらない。さかえのなかにはまだ、そんな子供もいる。

しかし、今日の佐山のよそよそしさは、そんな子供じみた、一種のあまえをもとにしては、わからないようだ。

佐山はまだだまりつづけていた。

さかえはほぐしてもらえないで、このやりきれぬ気持のまま、市子の前に出なければならないのかと、じりじりして来た。だんだん狂おしいものが、胸につまって、こらえられなくなった。

人けのない坂道にかかると、さかえは佐山の肩につぶてを打つように、

「ひどいわ。小父さまひどいわ。だまって怒ってるなんて、女の子の腐ったのや。じゃまものは消えて行け言わはるんでっしゃろ。うちを遠ざける、いい折りや思てはるんでっしゃろ。お二人のなかで、好ましくない存在にされるくらいなら、今日みたいにだまってられないで、もう来るなと、はっきり言われた方がましだわ。小父さま、卑怯(ひきょう)やわ。」

などと言いつのっているうちに、さかえは小びんのあたりに、熱いショックを受けて、よろめきながら身をすくめた。*2

とっさのことだ。佐山の強い平手打ちが飛んだのだが、痛いというより、電気にでもふれたようなおどろきだった。

顔をかくして、さかえは泣き出した。

「ごめん。」

うろたえてあやまる、佐山の声がただごとではなかった。

「ぶって、小父さま、もっとぶって・・・。」

こみあげるよろこびに、さかえはふるえそうで、

「小父さまにぶたれるの、うれしいわ。生れてはじめてぶたれたの。父も母も、学校の先生にもぶたれなかったわ。」

「悪かった。」

「うそつかんでもよろしいわ。もっとぶって下さらなければ、帰るわ、あたし・・・。」
と言うさかえは、地から足の浮くほど抱きかかえられていた。
目を閉じ、上向けた唇(くちびる)から、きれいな歯を少しのぞかせた。 

f:id:seiyukenkyujo:20190913101657p:plainあたまいてー・・・。

「ぶって」とお願いされて、キスしたわけか。このおっさんは!

市子は、さかえの顔が泣いたあとだと思った。

佐山は湯殿で汗をふいているところへ、市子がゆかたを持って来て、声はやわらかいが、いきなり言った。

「あなたから話してちょうだい。」
「ふむ?」
佐山はどぎまぎして振り向いた。

「さかえちゃんどうしたの?泣いたんでしょう?」
「ぼくを怒らせるようなことばかり言うから、こっちもついかっとして、雷が落ちたんだ。」
「あなたが怒るなんて・・・。女の子に?」
「・・・・・・。」

「怒られて、さかえちゃん、うれしがったでしょう?」
「ええ?」
「わかってるわ。」

そうつぶやきながら、市子は急にはげしい不安におそわれた。身のまわりがすうっとうつろになってゆく。

「あの子はだれにでも、せっぷんするんですよ。わたしにだって・・・。」

市子はその言い方に、自分ではっと青ざめた。

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板見けい子は「家庭を破壊してやる」という明確な目的があって行動しますが、さかえちゃんには「家庭を破壊しよう」という考えはありません。

2人の違いはそこです。

行動の果てに待っていると予感させるものは、とても似てるんですけれどもね。

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無意識の行動が、他人に悪い影響をもたらす女。それがさかえちゃんです。

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ただ、ハッピーエンドとは言えないけれど、不幸な結末ではないと思うな。その点も「美しさと哀しみと」の違いだと思うよ。

参考文献
女であること 新潮文庫
美しさと哀しみと 中公文庫 

*1:

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「女であること」は1958年に東宝で、「美しさと哀しみと」は1965年に松竹で、1985年にはフランスで映画化されています。

*2:

「こびん」の意味は頭の左右前側面の髪のこと。