妹萌え💗と父となる話
メッチャ都合よすぎ
ありえない
へそが茶を沸(わ)かしますね
・・・だけど
なんだかいいなと思っちゃう話が——。
父となる話 川端康成
「これがお前のお父さんだと、お母さんが死ぬ時にくれた写真なのよ。東京にいるはずだから、お前が大きくなったら頼ってお行きって。」
浅草を追われて、もう半年も田舎廻りのレヴュー団の一員、萬里子。
ところがルイ子が
「あら、これがお父さんだと、萬里子さんたいへんよ。S興行社の支配人とそっくりよ。親子の名乗りをすれば、もうこんな旅廻りなんかしてることなくってよ。私が支配人に手紙書いて上げるわ。」
というわけで、僕は娘が見つかったという手紙を受け取ったのでした。
萬里子の生れは、静岡だといいます。
「静岡といわれてみれば覚えがある。」と、僕は萬里子を僕の隠し子ということを話して、知り合いの映画会社に使ってもらうことにしました。
ところが一月ばかりすると、撮影所の男がやって来て
「撮影所に静岡の男がいて、あの人のおやじもおふくろも知っているというんですがね。おやじは漁夫で、四五年前にみじめな死に方をしたそうですよ。おふくろが若いころ、一膳飯屋の女中をしていた時、二人の間に生れた私生児だそうで。」
「そんなはずはない。」
と、撮影所の男はごまかしたものの、そういわれておぼろげながら思い出されるのは、その飯屋の女中が連れていた五つ、六つの子供です。
あの女の子が萬里子だったのか。
しかし僕はその次萬里子に会っても、なんにもいわないつもりでした。ところが萬里子は突然泣き崩れて、
「私はほんとうのお父さんを知っていましたの。お母さんが亡くなった後で、これが私のお父さんだと、お母さんに貰った写真を見せると、近所の人に笑われましたわ。お前のお父さんは、あの源八という漁夫だって。
お母さんを堪忍してしてあげて下さい。
お母さんがあなたをどんなにすきだったか、私にはよく分りますわ。これがお父さんだ、頼ってお行きって、たった一人の子供に遺言したくらいですもの。そうして私——。」
と、萬里子は口籠りましたけれども、僕は彼女のいいたいことがよく分りました。
つまり、萬里子は母から写真を貰った時から、僕に不思議な愛を感じはじめていたのです。
いい加減にしなさいと突っ込みたくなる、わずか4ページの短編小説が「父となる話」です。
最高におもしろいです。*1
「妹萌え💗」で紹介した「孤児の感情」が、こんな展開になってくれて、「あとは読者の想像におまかせします」みたいなラストだったら文句なしだったのにな、なんて思う今日この頃でした。
参考文献
川端康成全集 第二十二巻 新潮社
ではなぜ「孤児の感情」を、そういう展開にしなかったのか
遺伝です。
川端康成は、妹の婚約者、笠原を遺伝学者という設定にしました。
それにより、妹に惹(ひ)かれる主人公の心に楔(くさび)を打ち込んだのです。
孤児の感情 川端康成
千代子は、私の妹であるという記憶のようなものを、彼女の頭の中に持っている。
しかし、若(も)しそれを忘れてしまったら——。
「私は妹と結婚するだろう。」
しかし、私と妹とは同じ遺伝を受けている。だからいけないのだ、と私は呟(つぶや)く。
遺伝。遺伝。——笠原は遺伝学者である。
——なぞと考えた時、さっきから私を愚かな妄想に耽(ふけ)らせていた「夜」というものを追払うかのように、私は激しく頭を振った。
大衆娯楽小説ではない純文学の世界では、川端康成は遺伝の問題——近親相姦——を軽々しく扱うことは嫌だったのでしょうね。
*1:
【べつの視点からの意見】
ただ「父となる話」の萬里子は、「清純なふりをしながら男を手玉に取っているんじゃないか」という、うがった見方もできちゃうのが残念ですね。特にラストのセリフから・・・。
そういう意味でいうと、同じようなラストの「母の初恋」のほうが、好感が持てるにゃ。