土と戦争とナチスドイツ
肥沃な土壌について調べたところ、日本の満蒙開拓団と、ドイツが第一次・第二次世界大戦を仕掛けた動機にもなっていたことがわかりました。
地球の土は12種類
世界には農業に適さない土があるという。
北欧が一例だ。サンタクロースの故郷であるフィンランドは、寒冷で肥沃な土壌も少ない。
フィンランドの人々は、まぜ自分たちの祖先がフィンランドを選んで定住したのか?と自分たちの生活を面白おかしく笑いの種にする。
肥沃な土壌は、そう多くないということだ。
地球にある12種類の土のうちで単純に肥沃と呼べる土はチェルノーゼムと粘土集積土壌、ひび割れ粘土質土壌くらいだ。
そして、これらの土は局在している。
植物工場と比較する
光と水と栄養分を潤沢に供給して野菜を育てる、植物工場と比較しよう。
土のない植物工場と野外の露地栽培では、圧倒的に植物工場の方が速く大きく植物が育つ。
土は植物工場に勝てない。
「土が野菜の成長の足かせなんじゃないか」という人までいる。これは一面では事実なのだ。
しかし、植物工場は肥料もエネルギーもたくさん消費する。
植物工場で仮にコメをつくったとしたら、さぞ高価になることだろう。
不器用な土にも魅力がある。
露地栽培では植物工場ほど肥料を必要としない。
植物工場で1日でも肥料をケチれば野菜はしおれるが、露地栽培では数ヵ月おきに肥料をやりさえすればよく育つ。
なぜ日本は満州に進出したのか
関東地方は黒ぼく土の畑で野菜栽培がさかんだ。
日本の農地土壌は肥料のやり過ぎといわれるが、本当だろうか。
腐植を多く含み肥沃に見える魔性の土は、実際のところ、肥沃ではなかった。
食糧不足だった日本が第二次世界大戦で満州や台湾に活路を見出そうとした一方で、水田にできない黒ぼく土の多くはススキ原野のままだった。
戦後、中国東北部(旧満州)から帰国した人々は、満州のチェルノーゼムとは「似て非なる」黒ぼく土の開墾に苦しむことになる。粘土へのリン酸イオンの吸着や酸性害(アルミニウムイオン害)によって生育不良が相次いだ。
それまで農地として利用されていなかったのにはワケがあったのだ。
転機となったのは日本の経済成長だ。
日本円の力で改良したのが今日の黒ぼく土の姿である。畑にまいたのは札束ではなく、リン酸と石灰の肥料だ。
現在の日本では、フン尿由来の堆肥(たいひ)と化学肥料のやり過ぎで河川の水質悪化(富栄養化)まで問題になっている。
黒ぼく土を耕すと腐植の分解や浸食によって肥沃な表土が失われる。
とくに毎年連続して同じ作物や同じ科または属の作物を栽培すると(連作という)、土壌中の栄養バランスが崩れ、作物の生育が悪化したり、特定の微生物(病原菌)が独り勝ちして増殖するために作物が病害にやられやすくなる。これを連作障害という。
ほとんどの畑の作物は連作すると収穫量が落ちてしまう。
雑草に病原菌に栄養分の欠乏、畑では収穫量を制限する障害は多い。のどかな農場は、農家が守る戦場だった。
ドイツと世界大戦
北欧、北米の酸性土壌(ポドゾルや未熟土)ではムギの育ちが悪く、林業かジャガイモの二者択一を迫られる場所も多い。
ジャガイモはポドゾルや未熟土でも育ち、一年間に1ヘクタール当たり数十トンもとれる。5~10トンとれるムギやコメ、トウモロコシよりも面積あたりの生産力が高いのが魅力だ。
しかし、種イモによる繁殖は、遺伝的には同じ個体、つまりクローンを増やすことになる。
土壌中の病原菌がいったん牙をむくと、全滅のリスクがあるのだ。
ジャガイモ疫病による食糧難は、ドイツが二度の世界大戦を仕掛ける動機となり、そして降伏するに至る要因の一つとなった。
肥沃ではない土に無理をさせるとロクなことにならないのは歴史が証明している。
世界で一番肥沃な土、チェルノーゼム
歴史の表舞台となった西ヨーロッパにはチェルノーゼムが少ない。
氷河に覆われたイギリス、ドイツの土壌は永久凍土になることは免れたが、氷河に削られた肥沃な表土は風に飛ばされてしまった。
残されたのは貧栄養なポドゾルや未熟土だ。
広大なロシアも、国土の6割以上を永久凍土が占める。食料を供給する肥沃な農地が足りない。
一方、北欧やドイツから失われた細かい砂塵は風に舞ってヨーロッパ東部に堆積し、肥沃なチェルノーゼムとなった。
ウクライナには世界のチェルノーゼムの3割が集中している。小麦の穀倉地帯は「ヨーロッパのパンかご」と呼ばれた。
そんな魅力的な土壌は、ロシア、ドイツの標的となり続けてきた。
第二次世界大戦中のドイツ軍がウクライナのチェルノーゼムを貨車に積んで持ち帰ろうとしたというエピソードも残されている。
グローバル・ランド・ラッシュ
土の奪い合いは、現在も形を変えて進行中だ。
国外に肥沃な農地を囲い込む争奪戦は、グローバル・ランド・ラッシュと呼ばれる。
カナダの内陸部のサスカチュワン州を車で走ると、農場のあちこちに「売地」の看板があり、その安さに驚かされる。
肥沃なチェルノーゼムの農地が、1ヘクタールあたり20万円で売られている。同じくチェルノーゼムの広がるウクライナの農地にいたっては、その半額だ。
同じ値段で日本の農地を買えば、10分の1の面積しか手に入らない。
1ヘクタールあたり毎年2トンの小麦が収穫できれば、5万円の収入になる。4年で元が取れる計算だ。
農場には、実際にインドや中国の買い手が殺到している。海外に農場を確保し始めたのだ。ターゲットはもちろんチェルノーゼムだ。
国土の大半をサハラ砂漠が占めるリビアも、原油の供給と引き替えにウクライナに大規模な農地10万ヘクタール(東京都の半分ほどの面積)を確保した。
穀物価格の乱高下や食糧危機は、チェルノーゼムをマーケットの商品にさえ変えている。
ウクライナではチェルノーゼム1トンあたり1~2万円の売買までまかり通っている。闇取引でありながら、一千億円の産業だ。
10トントラックが土を持ち出していく。肥沃な表土を失った農地はゴミの埋め立て地になってしまうという。
土の皇帝に担ぎ上げられたチェルノーゼムだが、ラッシュで揉みくちゃにされているのが現状だ。
桃太郎で化学肥料の負担軽減
「イネは地力(ちりょく)で、ムギは肥料でとる」という言葉がある。
地力とは、化学肥料ではなく土そのものの持つ養分供給力のことであり、「イネは土にもともとある栄養分でも育つが、ムギは肥料なしに育たない」ことを伝えている。
これは、稲作なら何もしなくてもよいということではない。
童話「桃太郎」では、「おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に」行く。
これは学術的には、里山の資源利用という。
柴刈りで集めた草葉や小枝は、燃料にするだけではなく、田んぼの土にまぜて肥やし(刈敷かりじき)にもしていた。
化学肥料が利用できる今日の日本では忘れられているが、山の恵みを活かすことができれば、化学肥料の負担を減らすことができるかもしれない。
化学肥料のなかった時代、渓流水の恵みだけでは足りず、スギの針葉や小枝も鋤(す)きこんでいた。スギの枝葉はカルシウムを豊富に含んでいる。
桃太郎のおじいさんの柴刈りには肥沃な土を維持する意義もあったのだ。
「戦争の原因のひとつは、肥沃な土地を確保して食糧生産を安定させること」と今年1月のブログ「フランケンから戦争・法律・政府を考える」で述べましたが、この考えが肯定されてうれしかったです。
日本近海の温度が上昇したせいでサンマが北上できなくなったり、イナゴが大量発生して畑の作物を食い荒らしたり…
大量発生したイナゴを佃煮にして食えないのと思ったけど、人間に有害な植物も食べてる可能性があるのでムリなんだとか…。
気候危機にともなう食糧問題を解決するには、地球環境に気を配ることが大切かな、なんて思いました。
なんにせよ、ストップ温暖化ですね。
参考
土 地球最後のナゾ 光文社新書