猫の大虐殺
フランスで活躍した哲学者 ジャン=ジャック・ルソーは、文学と現実との区別がどうしてもつかなかった らしいよ。
ジャン=ジャック・ルソー(1712年 - 1778年)は、ジュネーヴ共和国(現在スイスの都市)に生まれ、主にフランスで活躍した哲学者、政治・教育哲学者、作曲家です。
ルソー以前、フランスなどでは「君主主権」の観念が絶対王政を支える根拠となっていました。
しかし、ルソーの人民にこそ主権が存するという「人民主権」の概念が、フランス革命に影響を与え、その後の民主主義の進展や普通選挙制の確立に大きく寄与したのです。
冒頭の 「文学と現実との区別がどうしてもつかず」 の前後の文章です。ちょっと長いですが、よろしければどうぞ。
読書はルソーの著作のいたるところに現れるテーマである。
ルソーは読書に取りつかれていた。
ルソーがどう理解していたかが理解できれば、私たちはヴィアールに置き去りにされた地点の先まで進み、18世紀の読書という問題と取り組む第三の観点を見つけることができるだろう。
『告白』のはじめの方で、ルソーは自分がどんな風にして読書へと導かれたかを語っている。
どんな風に読み方を学んだかは知らぬ。覚えているのは最初に読んだ本のことと、それが私に与えた影響ぐらいのものである。
私自身についての意識を途切れることなく辿れるのは、この時期からである。
母は小説類を残していてくれた。(母はジャン=ジャックが生まれて数日後に死んだのである。)父と私は、夕食がすむとそれを読みはじめた。
最初のうちは面白い本で私に読書の訓練をさせるつもりが、じきに夢中になって、かわるがわる休みなしに読み続け、毎晩のように読書ですごした。
一冊を読み切ってしまわなければどうしてもやめられなかった。時々、父は朝になってツバメの声を聞くと、恥ずかしそうに言ったものだ。
「さあ、寝ようか。お前より私の方が子供だなあ」
小説類を読みつくすと、二人は、ボシュエ、モリエール、ラ・ブリュイエール、オヴィディウス、プルタルコスの著作にとりかかった。
これらの書物はジャン=ジャックの母の身内の蔵書から譲られていたもので、母は時計商の父よりも教養ある家系だったのである。
父が仕事部屋で働いている間、息子は父のために読んで聞かせてやり、それから二人で内容について話し合うのだった。
とりわけプルタルコスを朗読すると、ジャン=ジャックの想像力に火がつくのだった。読んでいる物語のヒーローになりきって、まるでアテナイやローマにいるみたいに、ジュネーブの家で古代のドラマを演じるのだった。
振り返ってみると、ルソーにとってこの経験は一生を通じて彼の中に痕跡を残したもののようである。
まず、ルソーは文学と現実との区別がどうしてもつかず、いつも心は「奇妙で小説的な想念」で一杯で、「経験や反省をもってしても絶対に直らなかった」。
他方、彼は猛々しいまでの独立心を育んだ。
「こうした興味深い読書や、それにことよせて父と私の間で交わされた会話から、あの自由で共和主義的な精神、束縛と隷属を嫌う、御しがたく自尊心の強い性格が形づくられ、
生涯を通じて、そうした性格を自由に発揮するにはおよそ不向きな状況に置かれると、いつもそれに苦しんだのである」。
参考文献
猫の大虐殺 ロバート・ダーントン著 岩波書店
歴史上の偉人でもそうなのだから
虚構と現実の区別があいまいになるのは、誰にでもあるのかも知れないね。
たとえば・・・アニメのキャラに恋しちゃうとか。ギリシャ神話のピグマリオンも同系統のお話だし。
映画や演劇も同じようなものかな。
「お芝居じゃなく現実だ」と錯覚するからこそ、お客さんは感動してくれるわけで・・・
頑張ろう、応援してるよ。
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