陰悩録
なんとこれ実話です。
陰悩録
「ひとりで、たのしんだりしては、いけないよ」
ママは、ときどき、ぼくに、そうゆいます。
でも、あれだけは、やめられません。
だって、あれは、とても、きもちがいい。
あんな、すばらしいことは、ほかにない。
ぼくのいえには、ぼくとママの、ふたりだけです。
ぼくは、ママが出たあとで、おふろに入るのです。
そして、ひとりで、たのしむのです。
おゆに入ったままで、せんを、ぬくのです。
せんをぬいた、あなの上に、ぼくは、おしりのあなを、あてるのです。
ああ、それは、なんと、きもちのいいことでしょー。
あなが、おゆを、すいこむ力はものすごい。
あなの上に、おしりのあなを、あてていますと、まるで、からだの中のものが、ぜんぶ、おしりのあなから、すいとられてしまいそーな、きもちになる。
それはもー、まったく、からだぜんたい、そして、あたまのしんまで、じーんと、しびれてしまうほど、いいきもちなのです。ほかの、どんなことよりも、いいきもちなのです。
こんないいことが、どうしてやめられるでしょうか。
すると、そのときです。
とつぜん、いつもにないことが、おこったのです。
きんのたまの、ふたつ入っている、ふくろが、いきなり、あなの中へ、すいこまれてしまったのです。
あっ、と思う、ひまもない、できごとでした。ぼくは、あわてて、ふくろを、あなから、ひっこぬこーとしました。
「ぎゃっ」と、ぼくは、さけびました。
とても、いたかったのです。
なぜ、いたかったかとゆーと、きんのたまが、あなにつっかえて、出てこなかったからです。
それは、ひどい、いたさでした。
こんどは、ゆっくりと、きんのたまを、あなから、ぬこーとしました。だけど、やっぱり、つっかえて、出てきません。なんどやっても、だめです。
ああ。ああ。ああ。
なんとゆー、とんでもないことに、なってしまったのだろーか。
なんだって、こんなくるしみを、あじわわなければならないのか。なんのために、こんな、きんのたま、などとゆーものが、あるのでしょーか。
いったい、かみさまは、なんだって、人げんの男に、こんな、きんのたまなどとゆー、ぶさいくな、いやらしい、くるしいものを、あたえたもーたのか。
ああ、きんたまよ。きんたまよ。
いったいお前は、どこからきたか。
くるしみのせかいから、やってきたのか。
ああ、きんたまよ。きんのたまよ。
ねがわくば、きえてしまえ。おねがいだから、すぐに、なくなってください。
主人公はどうなってしまうのでしょうか。とても気になりますね。
この小説のタイトルは「陰悩録」です。わたしは「日本列島七曲り」という筒井先生の短編小説集で読みました。
ところでこの「陰悩録」は実話だったんです。「狂気の沙汰も金次第」にふくまれるエッセイ「睾丸」がそれです。
東京・青山にあるぼくの家の風呂はタイルで、湯の栓が、浴槽(よくそう)の底の、ほぼ中央部にある。
ある晩、いちばん最後に入浴し、浴槽の中に入ったまま栓を抜いた。
そしたら陰嚢が吸いこまれてしまった。
この時は、たいへんあわてた。
「スターウォーズ」や「ロッキー」が実話をもとにしていることは有名です。そして「陰悩録」もそうでした。
同じように声優も日常を観察して、事実をもとにしたリアルな演技を表現できるようがんばりましょう。
参考文献
日本列島七曲り 角川文庫
狂気の沙汰も金次第 新潮文庫