3日後に死ぬ件(くだん)
ある朝、グレゴール・ザムザがなにか胸騒ぎのする夢からさめると、ベッドのなかの自分が一匹のばかでかい毒虫に変ってしまっているのに気がついた。
~「変身」岩波文庫より~
カフカの「変身」では、主人公がなぜ毒虫になったのかは、まったくの「謎」です。
それと同じような「謎」に満ちあふれたお話こそ、内田百閒の「件(くだん)」なのです。
件(くだん)あらすじ
ある日、主人公は件(くだん)となって広い原っぱの真ん中にぼんやり立っていました。なぜかは分かりません。
件とは、からだが牛で顔が人間という生き物です。*1
そして件は生まれて3日にして死し、その間に人間の言葉で、未来の凶福(きょうふく)を予言するというのです。
3日後に死ぬ件?
ちょっと前「100日後に死ぬワニ」が話題になりましたが・・・
件は思います。
「こんなものに生まれて、いつまで生きていても仕方がないから、三日で死ぬのは構わないけれども、予言するのは困る。第一なにを予言するのか見当もつかない」
けれども、幸(さいわ)いこんな野原の真ん中にいて、誰も人がいないから、まあ黙っていて、このまま死んでしまおうと思った途端(とたん)に
遠くのほうから騒々(そうぞう)しい人の声が聞こえてきたのです。何千何万というたくさんの人が、件の予言を聞くために集まってきたのです。
件は逃げようとしましたが、四方八方をぐるりと大勢の人たちに囲(かこ)まれて逃げられません。
あの大勢の人は、もし件が何も予言しないと知ったら、どんなに怒り出すでしょう。三日目に死ぬのは構わないけれど、その前にいじめられるのは困ります。
件は黄色い月を眺(なが)めて、途方に暮れました。
人びとは、件のまわりに広い柵(さく)をめぐらし、足代(あししろ)を組んで、桟敷(さじき)をこしらえました。そして件の予言を今かいまかと待ち望みます。*2
けれど件には何も言うことなどないのです。
1日たち2日目の日が暮れるころ、どこかで不意に「ああ、恐ろしい」という声がしました。
「おれはもう予言を聞くのが恐ろしくなった。いいにつけ、悪いにつけ、予言は聴(き)かない方がいい。何も云わないうちに、早くあの件を殺してしまえ」
その声を聞いて件はビックリしました。
さ~~~あ、どうなる
件は本当に3日後に死んでしまうのかぜひ、あなたの目でお確かめになってください。
内田百閒「件」は、たった12ページの短編小説で、メッチャおもしろい不思議なふしぎなお話です。あっという間に読めますよ。文句なしにおすすめします。
参考文献
あくまでも個人的見解ですが・・・
カフカの「変身」と「件」は、どちらも読みましたが、わたしとしては「件」のほうが気に入ってます。
吾輩の感想
いい意味で、「すっとぼけた話」って感じがする小説だニャ。
幻想文学「件」
「件」(1921年)が書かれたころの大正文学の特色のひとつは、明治期の自然主義文学 (リアリズム小説) と違って、今日でいう幻想文学への関心が高まったことがあります。
内田百閒は『冥途(めいど)』と題して一連の夢物語を書きましたが、「件」はそのなかのひとつなんですね。
参考文献
夢見る部屋 新潮文庫