ワークショップ 声優演技研究所 diary

「なんで演技のレッスンをしてるんですか?」 見学者からの質問です。 かわいい声を練習するのが声優のワークショップと思っていたのかな。実技も知識もどっちも大切!いろんなことを知って演技に役立てましょう。話のネタ・雑学にも。💛

台本の読み解きは、どうやるの?

本音を見抜け!

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ナチスドイツ・ヒトラーの魔の手から逃れた劇作家ブレヒトが最終的な亡命先に選んだのは、ブレヒトの大きらいなアメリカでした。 

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ブレヒトは、ヒトラーが政権を獲得し、突撃隊が公然と暴力を使いだした「国会放火事件」の翌日、1933年2月28日から亡命生活に旅立ち、転々と国を変えながら、15年を国外で送ります。

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ブレヒトの世界」(御茶の水書房)によると、『ブレヒト夫妻が1936年の初めに、ソヴィエト連邦に亡命していたドイツのひとびとと接触するため、しばらくモスクワを訪問した』とあります。*1

この当時、ソ連はドイツと不可侵条約を結んでいました。

しかしそれでもブレヒトは、最終的な亡命先にアメリカを選んだのです。*2

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なぜブレヒトは大きらいなアメリカに逃げたのでしょうf:id:seiyukenkyujo:20190816181454g:plain

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ブレヒトの関連書籍

ブレヒト現代書館

ブレヒト紀伊國屋新書

「人と思想 ブレヒト清水書院

ブレヒトの世界」御茶の水書房

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これらの本を総合的に読み解き判断しますと、ブレヒトは【本音とタテマエ】を見抜く能力が、とても優(すぐ)れていたことがうかがえます。

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美辞麗句のきれいごとの言葉のウラにかくされた、本質を見抜く能力です。

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ソ連マルクス主義を隠れみのにした、ある意味ナチスと同じような独裁主義国家だ。*3 アメリカは資本主義で「カネ・カネ・カネ」という考え方は好きにはなれないが、なにより自由がある…。

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それがブレヒトアメリカを亡命先に選んだ理由だったんです。 *4 

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ドイツがソ連との不可侵条約を破棄し、ソ連に奇襲攻撃を開始したのは1941年6月22日のことであり、ブレヒトがモスクワ・ウラジヴォストックを経由しアメリカ行きの汽船アニー・ジョンソン号に乗船して9日後のことでした。

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ブレヒトが本物を見分ける能力に優れていたのは、ブレヒトの作品群をみれば一目瞭然だな。*5

 

台本を読み解くには行動を観察しよう

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台本に書かれた登場人物は、いろんな言葉(セリフ)をしゃべります。その言葉は本当のことだったり、あるいは完全なウソだったりと、さまざまです。

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その言葉がウソか本当か見抜くには、登場人物の行動に注目し観察しましょう。どんなきれいごとを言っていても、その人物の本音は必ず行動にあらわれるんです。

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以上、演劇台本の登場人物の気持ちを深読みする方法でした。

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www1.odn.ne.jp

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*1:

ブレヒトが亡命・滞在した国や地域は「デンマーク・フューン島スヴェンボリ」「スウェーデンストックホルム沖の小島リンディゲー」「フィンランドヘルシンキ」などです。

亡命生活の最初の何年かの間、ブレヒトはドイツ移民共同体があったロンドン、ニューヨーク、パリ、モスクワを何度も“商用”で訪れています。

参考文献

ブレヒト現代書館

「人と思想 ブレヒト清水書院

*2:

ブレヒトは1941年7月21日、アメリカ・ロサンジェルスに到着。ハリウッドの一地区サンタ・モニカに家を借ります。

ただブレヒトは、アメリカになかなかなじめず、新居も気に入らなかったそうです。

参考文献

「人と思想 ブレヒト清水書院

*3:

ブレヒトの作品以外に参考となった書籍。

「一九八四年」と「動物農場」どちらもジョージ・オーウェルの作品です。

*4:

アメリカを軽蔑したけれど、十数年にわたるナチスからの亡命期間中、ソ連には住もうとせず、アメリカ合衆国で暮らすことを選んだ。

ブレヒトにとって重要だったのは、おもしろい芝居 であって、演劇の革命だった。厚化粧の感動や陶酔にゆさぶりをかけ、考えることをエンターテインメントにした。

参考文献

暦物語」の解説より 光文社古典新訳文庫

*5:

 セチュアンの善人

1941年に完成したこの寓話劇で、ブレヒトは問題を提示する。すなわち、人は劣悪な状況に生きながら、なおどれほど善良でいられるか?

で、人間は善か、悪か?

「状況に邪魔されるなら善人ではいられない。

まず状況を改善しなくては。

実行できない道徳なんかくそくらえ。」

ブレヒトはなぜ寓話劇を頻繁に書くのですか?

ブレヒトは寓話劇によって戦争、宗教、インフレ、人種差別など社会の複雑な現象を分かりやすく説明できる……。自然主義的な描写では彼の意を尽くせない:ブレヒトの意図は根底にあるメカニズムを明らかにすることだ。」

参考文献

ブレヒト」 株式会社現代書館