美しさと哀しみと 川端康成
あの家庭を破壊してやりたいんです。先生の復讐のためですわ。
川端康成の小説では「古都」が最高だと思ってましたが・・・ぐいぐい作品世界にひき込まれていく自分を感じてとまどいました。
川端文学は「眠れる美女」がいちばん妖(あや)しいと思ってたけど、それをさらにうわまわる妖艶(ようえん)な美しさに、ただおどろくばかりでした。
妖しい美女 けい子
大木の唇は けい子の唇に重なっていた。
長いせっぷんであった。
大木は息がつまって来て、少し顔をはなした。
「いや、もっと長く・・・。」とけい子が引きよせた。
大木は内心おどろきながら
「海女(あま)だって、そうはもぐっていられないよ。気を失うよ。」
「気を失わせて・・・。」
「わたしのところにいる板見けい子です。顔に似合わない、少し気ちがいさんですわ。」
「あら、先生、ひどいわ。」
「ときどきアブストラクト風な絵も自分流にかきますの。それがこわいほど情熱的で、狂気を帯びているように見えたりするんですけれど、わたしはそんな絵にひきこまれて、うらやましいですわ。描きながら、この人はふるえていたりするんです。」
けい子の美しさは人目をひいた。今がけい子の一生のうちでもっとも美しい時ではないのかと思った。
「けい子さん、わたしのところへはじめて来た時のこと、おぼえてる?」
「いややわ、先生。」
「妖精(ようせい)がはいって来たように思ったわ。」
「京都から板見さんとかいう若い女の方が見えましたよ。」「こわいようにきれいなひとでしたわ。」「こんどは太一郎が誘惑されているんじゃありませんか。妖気(ようき)のあるように、きれいなひとでしたから。」
「先生、あたしは先生の復讐(ふくしゅう)をしてやりたいんです。」
と言うけい子は冷たく落ちついていた。
「けい子さんの復讐というのは、その太一郎さんを誘惑することなの?」
「ねえ、先生、あたしは悪い娘にも、悪魔にもなれる女なんですよ。太一郎さんだって、誘惑することはやさしいですわ、あたし・・・。」
「太一郎さん、けい子に会ってうれしい?」
「うれしいですよ。」
「あたしがうれしいほどうれしいのかしら・・・? あたしがうれしいほどにはうれしくないんでしょうね。」
けい子の言葉につれて、若い女の匂う息がうなじに触れるようであった。
けい子の胸がこころもち太一郎の背に合わさって来るようであった。押しつけて来るのではないが、背と胸のあいだに、すきまのない、やわらかいあたたかさが伝わった。
もうけい子が自分のものという感じが、太一郎のうちにひろがった。異常な娘でもなくなった。美しいだけである。
「あたしがどんなに太一郎さんにお会いしたかったか。」
太一郎はけい子の髪を手のひらいっぱいにやや強くつかんで接吻した。けい子の額や首はにわかに汗ばんで来た。
けい子は素直に長椅子へ来ると、寄りそって腰をおろした。
「飲ませて。」とささやいた。
太一郎は湯呑みを取りあげて、けい子の顔に近づけた。
「お口で・・・。」
太一郎は一息ためらったが、温かい茶を口にふくむと、けい子の唇のあいだに少しずつ流しこんだ。
「もっと・・・。」
太一郎はまた茶をふくんで口移しにした。
「今死んでもいいわ。お茶が毒だったらよかったのに・・・。」
もはやこれは18禁です
「美しさと哀しみと」川端康成の最高傑作だと思います*1が、よいこのみなさんにはおすすめいたしません
美しさと哀しみと あらすじ
あの家庭を破壊してやりたいんです。先生の復讐のためですわ。
上野音子の女弟子、坂見けい子は、その美貌を武器に復讐をはじめます。
官能的な描写のウラには「復讐」の二文字が隠れているんです。
読んでるこっちはハラハラドキドキです。
ところが先生である上野音子は、復讐をのぞんではいませんでした。復讐をやめなければ、もうわたしのところにもどらなくていい、つまり「破門します」とけい子に宣言するのです。
けい子と先生の上野音子はレズビアンの間柄(あいだがら)でした。けい子は先生を心の底から愛していたのです。
そんな先生の制止の言葉も聞かず、けい子は出て行きます。
けい子は太一郎にすべてを話します。復讐のこと、あたしの復讐はもう終わったこと、もう帰ってこなくていいと上野先生に言われたことを。
けい子は復讐から純愛に転じたのか、それともこれも復讐をとげるための けい子の罠(ワナ)なのか?
そしてついに・・・
背徳の匂い満載です。グイグイひき込まれます。さすが川端文学です。18歳以上のみなさまに、文句なしにおすすめします。
美魔女は、あたしよ!