心の内面を描写する川端文学
川端康成「親友」は、少女向けに書かれた小説です。
少女小説とは言っても、そこは川端康成。吾輩のようなおっさんにも楽しく読める傑作ですよ。
あらすじ
めぐみとかすみは中学一年のクラスメイト。
赤の他人ながら、ふたごと見まごうばかりに瓜二つ。誕生日も同じとあって親しくなっていきます。
ある日、二人が多摩川で水着に着替えて遊んでいますと、めぐみの服が盗まれていました。
またある日、めぐみやかすみと仲のいい、哲男の魔法びんも盗まれてしまいます。
めぐみの服と哲男の魔法びんを盗んだのは、不良少年の郁夫でした。
郁夫は、めぐみとかすみの通う中学校の上級生、坂本容子のお兄さんです。
坂本容子とは、少女歌劇の男役を思わせる美少年風で、バレーの選手で、下級生に人気がありますが、お兄さんがすごい不良であり、いろんなうわさのある生徒でした。
読みどころ
不良少年を、単なる〝悪〟として描いていない。
郁夫はなぜ不良になってしまったのか、本当はどんな子だったのかが、きっちり描かれています。
これは「親友」だけではなく、すべての川端作品に通じる理念でもあります。
川端文学には、世間にうまくなじめない、アウトサイダー的人物がよく出てきますが、
なぜそうなってしまったのかという「心の内面」「苦悩」「葛藤」をしっかり描いているのが特徴です。
奥が深いんです。心の機微(きび)の描写がハンパじゃありません。うすっぺらな〝善と悪の対立〟のような単純な構成ではないんですね。
大人向けの小説はもちろん、少女向けの小説でも手を抜かずに〝人間の心の内側〟を描いた「親友」。文句なしにおすすめします。
文庫解説「親友」について 瀬戸内寂聴
この小説の書かれた頃、*1少女たちは旧(ふる)い道徳に囲まれていて、年の似た青年との交際は学校で絶対禁じられていた。
少女たちは自然に芽ばえてくる異性への憧れをエス<シスターのS>と呼ぶ同性愛になぞっていた。
エス同志は他の少女と仲よくしてはならず、二人は手紙や贈り物で結ばれていた。手紙はよく互いの靴箱の中に入れてあった。
エスどうしには二人以外の少女とつきあうことは禁じられていた。
少年とつきあえない少女たちにとって、エスどうしの愛は、まるで生きる目的のように大切だった。
その愛には嫉妬や裏切や三角関係もあり、少女たちは、喜びも悩みもエス愛の中で燃えつくしていた。
男女の愛を禁じられた少女たちにとって、「エス愛」は男女の恋愛の身代わりのようなものであった。
「親友」というのは、エス以前のもっと子供っぽい、それだけに嫉妬や競争の薄い「友情」だった。
川端康成はエス愛をよく題材にしたが、それ以前の「親友愛」にも興味を持ったのだろう。
引用
親友 小学館文庫