ワークショップ 声優演技研究所 diary

「なんで演技のレッスンをしてるんですか?」 見学者からの質問です。 かわいい声を練習するのが声優のワークショップと思っていたのかな。実技も知識もどっちも大切!いろんなことを知って演技に役立てましょう。話のネタ・雑学にも。💛

同情された?懲(こ)りない2人

SF小説と純文学

1984年

動物農場

2001年宇宙の旅

幼年期の終り

アルジャーノンに花束を

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

侍女の物語

といったSF小説にくらべ、純文学は「本当のことが書いてあるんじゃないか…」と錯覚してしまう自分がいます。

というわけで

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 「伊豆の踊子」「伊豆の帰り」「指環」川端文学3連チャンです。

川端文学とお風呂

伊豆の踊子

仄暗い湯殿の奥から、突然裸の女が走り出して来たかと思うと、脱衣所の突鼻に河岸へ飛び下りそうな格好で立ち、両手を一ぱいに伸して何か叫んでいる。

手拭もない真裸だ。それが踊子だった。

若桐のように足のよく伸びた白い裸身を眺めて、私は心に清水を感じ、ほうっと深い息を吐いてから、ことこと笑った。

子供なんだ。私達を見つけた喜びで真裸のまま日の光の中に飛び出し、爪先きで背一ぱいに伸び上がる程に子供なんだ。

私は朗らかな喜びでことことと笑い続けた。頭が拭われたように澄んで来た。微笑がいつまでもとまらなかった。

伊豆の帰り

帳場の時計が三時を打った。

彼は娘と同時に座を立って、素早く衣桁の手拭を取った。そして、膝を突いて障子を閉めた娘が立ち上がるのを待って、その肩を軽く抱いた。そのまま寝静まった廊下を歩いた。

「お湯。」
「うん。お湯へ一緒に入ろう。」
「え。直ぐ後(あと)から参ります。」

彼が湯槽(ゆぶね)につかっていると、間もなく娘が湯殿の硝子戸をがらがらと閉めて階段を下りて来た。

裸になった娘は、おお寒む、と言う時のような恰好に身を縮めて、彼のいる湯槽へちょこちょこ走って来た。

「ちょっとあちらを向いてて下さいましよ。」
「よし来た。」

それから彼は湯槽の片一方の縁を枕にし、向う側の縁に足首を載せて、仰向けに湯の中に浮んでいた。

娘は一度肩まで濡らせてしまうと、もう恥ずかしがってはいなかった。

乳房の乳首から上がつやつやと浮び、下半分の線は湯の中でゆらゆらと乱れていた。肩の骨の上にほのかな窪みがあるだけで、若々しい清らかな胸だった。膝を閉じて揃えた両足の先きは新月のように尖って見えた。

どうしたのか娘は湯の中を立膝のまま歩いて、湯槽の縁に載せた彼の足を両手の掌で包んだ。そして言った。

「ろくろくお歩きにもならないのに、割合格好の悪い足ですわね。小さいことは小さいけれども。」
「格好は悪いね。こんなのが旅人の足なんだよ。」
「旅人の足?」

そう言いながら娘は彼を見ないで、何気ない風に彼の足を弄んでいた。

「まだお上がりになりません?」と娘が先きに出て湯殿の隅で体を拭き始めると、彼は湯を両手で掬って娘の肩に浴びせかけた。

「意地悪。朝までだって上りゃしないわ。」

そう言ってまた湯に沈んで来た娘を、彼はその耳に自分の睫(まつげ)が触れるほどの近さでしげしげ見ていた。

娘はぼうっと膨んだ瞼(まぶた)を閉じてじっとしていた。しかし、彼の理性は妙に頑固だった。

「お先きに上って下さいましね。」
「どうして。」
「前を歩いて行くのが恥しくなっちゃった。」
「おやおや。」
「こんなこと言ってなお上れなくなりましたわ。」
「はいはい。君だって朝早いんだからね。」

彼はいさぎよく湯槽を飛び出した。そして清らかに別れてしまった。

その湯槽の中と同じ姿で体を弓のようにしながら汽車の中に寝ているのだが、今朝娘に足指を握られていたことなぞは、なんだか夢のようだった。*1

指環

貧しい法科大学生が翻訳(ほんやく)の仕事を持って山の温泉場へ行った。

その岩を穿(うが)った湯船に少女が裸で立っていた。

十一か十二と思うと彼は憚(はばか)らずに、浴衣(ゆかた)を川原に脱ぎ棄(す)てて、少女の足もとの湯に身を沈めた。

手持無沙汰(てもちぶさた)らしい少女は、薔薇色(ばらいろ)に上気したからだ全体に彼の親しみを誘う素振りを見せて微笑した。

突然少女は左手を持ち上げて、軽々と叫んだ。

「あら!はずすのをすっかり忘れていたわ。そのまま入ったんだわ。」

指環が見せたいのだ。

「蛋白石?」

「ええ。——私まだ指が細いでしょう。金(きん)で特別に拵(こしら)えてもらったのよ。でも石が大き過ぎるんですって。」

少女は真向きに身を近々と寄せて彼の顔を見ながら、いかにも満足そうであった。

この少女は、指環をもっとよく見せるためになら、裸のまま彼の膝に抱きしめられても驚かないのかもしれない。 

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「おなじ人間なのに、なぜこうも違うのか・・・神様って意地悪じゃ」「あんたネコでしょ・・・」

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www1.odn.ne.jp

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*1:

非常/寒風/雪国抄 巻末の解説より

「伊豆の帰り」は、大正十五年六月に「恋を失ふ」という題で発表され、昭和二十三年に刊行された新潮社版全集に「伊豆の帰り」と題を改め、収められた。

温泉宿で親しくしてきた女との別れの想いを汽車のなかで反芻しながら、途中の駅で、かつて結婚の約束をした女を見るという話である。

≪りか子は固く目をつぶっていた。いつまでも開かない決心をしたかのように瞼を閉じていた。頬が異常に紅かった。額に苦痛が凍りついていた。それは彼に対する憎悪でも反抗心でもなかった。唯苦痛ばかりが現われていた。それを見ると彼はわけもなく頭を垂れた。そして激しい悲しみで胸が苦しくなった。≫

このりか子は、作中の記述から伊藤初代であることは明らかである。

主人公を「棄てた彼女の生活の線」が「苦痛」として凝固するシーンは鮮烈である。

引用
非常/寒風/雪国抄 川端康成傑作短篇再発見 講談社