怪談?幽霊と生まれ変わり
夏です、お盆です。川端康成の幽霊小説と水木しげるの生まれ変わりの漫画を紹介させていただきます。
慰霊歌 川端康成
花子が来ましたわ。
え?と私は部屋をひとわたり見廻して、また目を鈴子に戻しました。鈴子の声ではありませんでした。
私はここに来ているのですわ。生前の名を名乗るってことが、死んだ人間にはちょっとむずかしいと言ったら、不思議にお思いでしょうね。
白い焔(ほのお)の光か、まことは雲か霧のようなもの、しかし、めらめらと揺れながら、いかにも立っているというたしかさのあるもの、
そういう白いものが、テーブルの向うに現れましたが、しかもその白い霧のようなものはあきらかに一人の人間だと分りますので、昔から多くの人が見た幽霊というものはなるほどこんなものであろうかと、私が思っておりますうちに、
それは先ずやわらかい光の白い着物となり、やがて一人の若い女が私の前に立ったのでありました。
私は生きた人間に見えないんでしょうかと、幽霊が少し首を傾(かし)げてにっこり笑いながら言いますので、私は力強く、
それどころか、人間に見え過ぎるのを僕は不思議に思ってるくらいです。あなたは死んでからもどうして人間の姿をしているんです。それを悲劇と思わないんですか。
私を見つめないでほしいの。そんなに一心に見つめられると、私の体は堪えられそうもありませんわ。
でも、あなたは実によく鈴子さんに似ているんですね。
それは私も知っていますと、幽霊は悲しげにうなだれて、
ですけれどしかたがないことですわ。私をお膝の上に載せてごらんになると分りますわ、鈴子さんより重いってことが。
僕はただあなたが鈴子さんの二重人格じゃないかと思っただけなんです。
やっぱりあなたは私を信じていらっしゃらない。
死人は鈴子さんのような人の力を借りなければ、生きた人間の前に人間の姿を現すことは出来ないのですけれど、私が生きている時は鈴子さんよりもずっときれいでしたわ。
私のほんとうの姿を見せたいと思いますわ。いらっしゃいまし。
私を招くように、そうでした、その素振りは生娘の鈴子とちがって、遥かに女らしくなまめいて、幽霊は歩き出しました。
足音が聞こえるのです。
けれども、隣の部屋へ通じる扉の向うへ幽霊の体は煙のように消えるでもなく、幻の扉を通るように、閉じたままの扉をふいと向うへ入って行ったのでありました。
鈴子からそうと聞かされるほど、私達はまだ深い間柄ではありませんでしたけれども、
隣の部屋が彼女の寝室とはかねがね知っておりましたので、
私は少しためらいながら、入っていいかと問いたげに長椅子へ近づいてみますと、彼女は深い眠りに落ちているものですから、私は引き返して扉に手をかけたのでありましたが、
この寝室は夜なかのような暗さ、寝台の裾の方に大きい窓が一つあるきり、
明りをおつけになってもいいの。そこの枕もとにありますわと、幽霊に言われて、手さぐりに、小さいテーブルの上の電気スタンドの鎖を引きますと、まるで写真の暗室です。電灯も赤ガラスです。
鈴子は幽霊のためにこんな光で寝るのかしらと思って、あたりを見ますと、枕もとのもう一つの小卓にこちらは若い娘らしい電気スタンドがありまして、写真らしいものが散らばっています。
してみると赤い電灯はやっぱり現像につかうのでしょうが、時と場所がこんな風ですから、幽霊写真などを思い出しまして、
あなたの写真もあるんですかと、幽霊に問いますと、彼女はさっきからなぜか明りに近づいて来ないまま、
ありますわ。でもそんなぼんやりしたものより、ここにほんとうの私がいるんですもの。
これが生きていた時の私ですわ。こちらを向いてごらんなさいまし。
振り返りざま、
ああ、と言ったまま私はただ見つめるばかりでありました。
こんなに美しい女、ともかくもここは寝室、まじまじ眺めているのはと恥かしがるなまなましい思いがふと私の胸に湧いたのを、幽霊は見てとると、いかにも女らしいよろこびを顔に浮べまして、
私の方が鈴子さんよりずっと美しいでしょう。
ええ。
あなたは私が人間の姿を現したことよりも、私の美しいことにびっくりしていらっしゃいますのね。
その言葉がいよいよ生きた人間と向い合っていると私に思わせましたのか、私はしめきった部屋のぬくみで汗ばんでいることに気がつきました。
すると、幽霊の肌もどうやら汗ばんでいるように見えるではありませんか。これにはさすがに驚きましたので、
あなたには血も通っていれば、それから不浄の?
不浄って、つまりあれだよね・・・。
ええ、鈴子さんの体にあるものならなんでも私の体にありますわ。いらっしゃいまし。
手を伸ばせばとどくところに私は近づきました。
私はこの通り女ですわ。なに一つ不足のない女ですわ、
と言うといっしょに、はらりと白衣を脱いで、
そうでした、肩から軽い布をすべらせるというしぐさをしたのですが、それは足もとの床に落ちたわけではなく、消えるのが目にとまらぬうちに消えて、
ああ、彼女は真裸で私の前に立っているのです。
幽霊というものは恥かしさを知らないのでしょうか。
それとも生きた体を見せたい一心で女のつつしみを忘れているのでしょうか、微笑みながら真直ぐに立って、
私は立派な女ですわね。
うぶ毛とか、毛穴とか、肉眼で見えぬほどの皺、どんなにきめのこまかい女の肌にもある、そういうもののありがたさ、そんなことを感じるまで私は目を寄せて、乳房からみずおち、臍、腰、それからと念入りにしらべながら、
「それから」って、なに 。念入りにって、ちょっと・・・。
ほんとうに立派過ぎるくらい女です。
その言葉のうちに、鈴子などと較べると、よく熟した女であるという意味を含めまして、相手の態度にふさわしくこちらも医者が診察するような口調で、
あなたは子供を産んだことがありませんか。暗くてよくは分りませんが。
まあ、マッチを擦ってもっとよく見ていただきたいと思いますわ。
マッチ売りの少女になってきた・・・。
私はもうポケットをさぐりながら、それでも、いいんですか。
そうしてマッチを擦りますと、暗いところで急に火が燃えると瞬間は眼のなかが焔の色ばかりになる、
この時もそれで、私にはよく見えなかったんですが、幽霊は蝋人形が火のなかで崩れたり、雪達磨(ゆきだるま)が日光で融けたりする風に、先ず顔の輪郭がぼやける、眼が落ちくぼむ、耳が欠ける、手足がとろける、そうしてへなへなと坐り込むように体が床へ沈んで来る、その白い塊も湯気のように消えてしまう、
といえば長い時間のようですが、一二秒のうちにこれだけの順序をたどったのでありましたから、
私にしてみれば、マッチの火が幽霊の腹を照したという印象のうちに、彼女の姿は消え失せていたのでありました。
偶然の神秘 水木しげる
わたしは、幽霊や生まれ変わりの話は、あまり信じていませんが、大好きです。
ウルトラマンは好きだけど、ウルトラマンの存在は信じていないのと同じようなものかな、なんて思ってます。
昨年、日本中に大ブームを巻き起こした「鬼滅の刃」にも同じことが言えると思います。「鬼滅の刃」が大好きな人はたくさんいても、〝本当の話だ〟とは思ってないでしょう
それでは、また。