ワークショップ 声優演技研究所 diary

「なんで演技のレッスンをしてるんですか?」 見学者からの質問です。 かわいい声を練習するのが声優のワークショップと思っていたのかな。実技も知識もどっちも大切!いろんなことを知って演技に役立てましょう。話のネタ・雑学にも。💛

セチュアンの善人

どうやったら、善人に終わりを全うさせてやれるか。
どうか、みなさん、ご自分で結末を探してみて下さい!
きっといい結末があると思います、あるはずなんです、きっと!


「セチュアンの善人」とは、善い人でいたいのに、いいことをしたいのに、なんで悪いことをしなければ人は生きていけないのか、という世の中の矛盾を鋭く突いた舞台劇です。

〜市川明 翻訳・脚色「劇団大阪(他)」上演台本より〜

祖父
昔、おいらの髪がまだ黒かったころ
利口だったら暮らしていけると思ってた。
でも分かったよ、利口だけじゃ
貧乏人の腹はふくれねえ。
だからおいらはゆうのさ、あきらめな


正直者、働き者がいじめられる
だったら曲がった道を生きてみよう。
でもその道も、おいらのような者にゃ滅びの道
おいらにゃ分かったね
だからおいらはゆうのさ、あきらめな


お年寄りは何ひとつ望みがないという
何かをするには時間が必要、でもそれがない。
あたしら若い者にゃ、広々と門が開いてるって。
でもそれは何もないところに広がっているだけ。
だからおいらはゆうのさ、あきらめな


この物語の初めのころ、主人公のシェン・テは神様に、こういいます。

シェン・テ
ちょっと待ってえな、神さん。
あたいがええ人間かどうか、あたいにはわからへん。
そうなりたいとは思うけど、どうやって部屋代はろたらよろしいの。
白状しますけど、あたい生きていくために体売ってますねん。
そんなことしてもやっていかれへん。
おんなじようなことせなあかん人、ぎょうさんいるもん。
あたい何でもやるつもりやけど、ほかの人もみんなそや。
親孝行せえとか、正直者になれとか神さんゆうてはるけど、そんな掟守れたら幸せやろな。
お隣さんのことうらやましがらんでよかったらうれしいやろし、一人の男に貞節つくせたらええやろな。
あたいかて誰かをだましてもうけたり、貧乏な連中からふんだくったりしたないわ。
でもどうやったらそんなことせんですむん?
神さんの十(とお)の掟、いくつか破ったとしてもよ、やっぱりやっていかれへんもん。

神様
シェン・テよ、そういうことの何もかもが、善人の迷いにほかならないのです。とにかく善良であってほしい、シェン・テ。お元気で。

シェン・テは神様との約束を守り、善い人間であろうとしますが、うまくいきません。そしてどうしようもなくなったとき、シェン・テは決心するのです。

おお、息子よ
なんて扱い方をするの、あなた方と同じ人間なのに
わたしは守るわ、せめて自分の子どもを。たとえ虎になってでも
わたしはわたしの息子を守るわ
スラム街で引っぱたかれ、騙されて学んだことを
今こそ役立てるわ、坊や、あんたのために。
わたしはあんたにはいい人間でいましょう そして
必要ならば他人には
虎や野獣になりましょう。今こそそれが必要なんだわ!


そして、この物語のクライマックスです。


シェン・テ
善人であれ、しかも生きよと言う
あなたがたのいつかの命令が
真っ二つにわたしを引き裂きました。わたしは
人にも自分にもいい人間であることはできませんでした。
人も自分も同時に助けることは難しすぎます。

ああ、あなたがたの世の中は難しい。困窮も絶望も多すぎます。
貧乏人に手を差し伸べれば
その手を貧乏人はもぎとってしまいます。見捨てられた人を助ければ
今度は自分が見捨てられてしまいます。

あなたがたの世の中はどこか間違っています。

どうして悪意が称賛され、善人には重い罪が与えられるのでしょう。

親切な言葉は口のなかで灰のように苦かった。
それでもわたしは場末の天使になろうとしました。

わたしを叱ってください。隣人を助けるために、
恋人を愛するために、
小さな息子を困窮から救うために
掟に反する行為をしてしまいました。
神様、あなたがたの大計画を実践するには、
哀れなわたしは小さすぎたのです。

神様
(驚いて)もう何も言わないでください、不幸な人。あなたにまた会えたのがうれしくて、私たちは頭が回らないのです。

シェン・テ
けどゆうとかなあかん。あたい悪い人間や。

神様
善良な人です。

シェン・テ
ちゃう、悪い人間でもあるんや。

神様
困りましたね、とても困りました。信じられません、まったく信じられません。私たちの掟がだめになったと白状しなければいけないのでしょうか。
私たちの掟をあきらめなければいけないのでしょうか。

とんでもありません。

この世の中を変革しなければいけないのでしょうか。どうやって。誰が。
いいえ、なにもかもちゃんとしています。

さあ、それでは…
帰るときが来ました。
星のかなたに戻っても、シェン・テ、善人のあなたのことは
いつまでも忘れません。

シェン・テ
行かんといて、神さん。行ったらあかん。あたいを見捨てんといて。

(シェン・テが絶望して腕を神様に伸ばしている間に、彼らは微笑みながら、ウインクをして、上のほうへ消えていく)



「なにもかもちゃんとしている」・・・神様も無責任ですね。

憂うつな夜
この国に
ないほうがいいもの それは
川に架かった高い橋
夜が明けるまでの時間も
冬って季節さえあっちゃだめ
なぜって人は
生きるのがつらいと
ちょっとのことで
命を投げ捨てるから

シェン・テ
どんなに貧乏でも、親切な人はいるもんや。
ちっちゃいとき、柴 背負ててこけたんや。
ほんならお爺さんが起こしてくれて、小づかいまでくれてね。
今でもよう思い出すわ。
あんまり食べ物を持ってない人ほど ようさん分けてくれるねん。
人間て多分 自分のできることを見せたいんや思う。
どないしたら親切以上のもんを示せるか考えてんねん。
悪意ちゅうのはただ不器用なだけなんよ。

スン
おまえは誰にでも親切にできそうやな。

シェン・テ
うん。ああ、雨のしずくがおってきた。

スン
どこ。

シェン・テ
目と目の間。雨の中ってきれいやね。


ブレヒトいいですね。
「いい世の中にしたいよね、みんなで考えようよ」というメッセージにあふれています。
ウルトラセブン好きにはたまりません。

参考文献
ブレヒト テクストと音楽 花伝社
ブレヒト戯曲選集 第3巻 白水社
ブレヒト戯曲全集 第5巻 未来社



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