人間社会とルール
「AIが神になる?」――なりません。「AIが人類を滅ぼす?」――滅ぼしません。「シンギュラリティが到来する?」――到来しません。
AIは神に代わって人類にユートピアをもたらすことはないし、その能力が人智を超えて人類を滅ぼしたりすることもありません。
AIやAIを搭載したロボットが人間の仕事をすべて肩代わりするという未来はやって来ません。
それは、数学者なら誰にでもわかるはずのことです。
目次
【内容】
AIはコンピューターであり、コンピューターは計算機であり、計算機は計算しかできない。
それを知っていれば、ロボットが人間の仕事をすべて引き受けてくれたり、人工知能が意志を持ち、自己生存のために人類を攻撃したりするといった考えが妄想にすぎないことは明らかです。
AIがコンピューター上で実現されるソフトウェアである限り、人間の知的活動のすべてが数式で表現できなければ、AIが人間に取って代わることはありません。
AIに神様になってほしいと思う人たちには残念なことかもしれませんが、今の数学にはその能力はないのです。
コンピューターの速さや、アルゴリズムの改善の問題ではなく、大本の数学の限界なのです。だから、AIは神にも征服者にもなりません。シンギュラリティ*1も来ません。
頁001-002
コンピューターはすべて数学でできています。
AIは単なるソフトウェアですから、やはり数学だけでできています。数学さえわかっていれば、AIに何ができるか、そして何ができないはずかは、ある程度想像がつくのです。
頁052
この本の著者であり「東ロボくんプロジェクト」*2の責任者、新井紀子氏は
コンピューターは、あくまで計算機。だからルール通りに行われる将棋、チェスなど「計算できる」分野なら、AIは人間を超える。
ですが人間社会はルール通りにはいきません。計算できないのが人間社会。だからシンギュラリティは起こらない。
これは、ものすごいスパコンが登場しても、量子コンピューター(次世代型コンピューター)が実用化されても、ディープラーニングを徹底してもムリだと、新井氏は述べています。
人間の社会は、ルール通り、計算通りにいかないの
「法律の世界」で考えてみましょう。
裁判では、一審判決に納得できなければ控訴して最高裁まで争うことは、ふつうです。
そして同じ裁判なのに、一審、二審、最高裁で判決が違ってくるなんてこともよくあります。
「同じ法律(ルール)の下で裁判をしているのに、有罪・無罪の判決が変わり、まったく逆の結果になる」・・・このような人間社会はAIには理解不能*3なんですね。
将棋の世界でこんなことはありません。
アマチュアがニ歩*4をやったらアウトだけど、プロ棋士の羽生さんや藤井 聡太くんならニ歩はOK!大丈夫で~す💛なんてことはありませんよね。
いわれてみれば将棋やチェスのルールは、解釈や状況次第で変わったりしませんね。
そういった計算できない・数値化できない人間の社会を、計算機であるAIが理解するのは永遠にムリ、というのがこの本の内容でした。
東日本大震災のときのニュースなんですが…
中学生くらいの男の子たちが、こわれた自動販売機からジュースを大量に取り出していたんだそうです。
「なんてひどい子どもたちだ」と思って後をつけたところ、その子たちは避難場所まで移動できない孤立した被災者たちにジュースをくばっていたんだそうです。
現在では災害発生などの緊急時は自販機の飲み物を無償で提供するという企業もありますが、このような出来事もAIは判断することは難しいでしょうね。
参考文献
AIvs.教科書が読めない子どもたち 東洋経済新報社
Voice actor laboratory 声優演技研究所
P.S.
「真の意味でのAI」とは、人間と同じような知能を持ったAIのことでした。ただし、AIは計算機ですから、数式つまり数学の言葉に置き換えることのできないことは計算できません。
では、私たちの知能の営みは、すべて論理と確率、統計に置き換えることができるでしょうか。残念ですが、そうはならないでしょう。
数学が発見した、論理、確率、統計には決定的に欠けていることがあります。それは「意味」を記述する方法がないということです。
数学は基本的に形式として表現されたものに関する学問ですから、意味としては「真・偽」の2つしかありません。「ソクラテスは人である。人は皆死ぬ。よって、ソクラテスも死ぬ」のようなことしか演繹(えんえき)できないし、意味はわからないというより表現できないのです。
数学は、論理的に言えること、確率的に言えること、統計的に言えることは、実に美しく表現することができますが、それ以外のことは表現できません。人間なら簡単に理解できる、「私はあなたが好きだ」と「私はカレーライスが好きだ」との本質的な意味の違いも、数学で表現するには非常に高いハードルがあります。
これが、東ロボくんの成績が伸び悩んでいる根本的な原因だと言えるでしょう。
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ただ、AIは東京大学は合格できないが、明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学、関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学には合格できるレベルだそうじゃ。
安心してはおられんの。
*1:シンギュラリティ(技術的特異点)とは
人工知能 (AI) が加速度的に進化を遂(と)げ、人間の知能を超えてしまい、人間を支配するのではないかという脅威論。2045年問題。
*2:人工知能(AI)を東京大学に合格させようというプロジェクト
1980年代にAI研究は新たな時代に入ります。第2次AIブームの到来です。
どんな問題でも解ける万能型のAIではなく、ある問題に特化したAIを作ろうとしたのです。
たとえば、コンピューターに法律の知識を学習させた上で、あらかじめ決めておいたルールの下で推論と探索を行い、たとえば弁護士のようなその分野のエキスパートのように振る舞うことができるシステムです。
けれど、エキスパートシステムはすぐに壁にぶつかります。
少し考えればわかることですが、たとえば、法律家は法律や判例だけの知識で仕事をしているわけではありません。
法律相談にのったり裁判を闘ったりするときには法律を包みこんでいる社会の規範や常識、あるいは人間の感情といったものを総合的に判断して最善策を考えています。
エキスパートシステムには、その常識とか人の感情についての知識が難問でした。
法律や判例は詰め込むことができても、常識や、さまざまな状況で喚起される人の感情といったものをコンピューターに学習させるのは至難の業だったのです。
*4:二歩(にふ)とは
成っていない歩兵を2枚同じ縦の列(筋)に配置することはできないという、将棋の禁じ手である