ワークショップ 声優演技研究所 diary

「なんで演技のレッスンをしてるんですか?」 見学者からの質問です。 かわいい声を練習するのが声優のワークショップと思っていたのかな。いろんなことを知って演技に役立てましょう。実技も知識もどっちも大切!ぜひ、どうぞ。💛

生き苦しさからラクになる

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劇団「第三舞台」「虚構の劇団」で知られる、作家で演出家の鴻上尚史さんが「世の中」についてわかりやすく解説された本です。

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「世間」と「社会」という考え方

「世間」と「社会」この二つが、この国(日本)の文化を理解する重要なヒントなのです。

 

「世間」というのは、あなたと、現在または将来、関係のある人達のことです。
具体的には、学校のクラスメイトや塾で出会う友達、地域のサークルの人や親しい近所の人達が、あなたにとって「世間」です。

 

「世間」の反対語は、「社会」です。

 

「社会」というのは、あなたと、現在または将来、なんの関係もない人達のことです。
例えば、道ですれ違った人とか、電車でとなりに座っている人とか、初めていくコンビニのバイトの人、隣町の学校の生徒などです。

 

日本は「世間」と「社会」という、二つの世界によって成り立っているのです。

 

具体的にどういうことか、説明しましょう。
あなたはおばさん達の団体旅行とかに出会ったことはありませんか?
昔、僕が駅で電車を待っていた時のことです。


まわりにおばさん達が何人かいました。
電車がホームに入って来て、ドアが開くと、僕の前にいたおばさんが駆(か)け込みました。
そして、四人掛(が)けのシートの前に立って、僕の後ろに向かって声をかけました。
「鈴木さん!山田さん!ここ、ここ!」
後から来たおばさん達は、その声に従って、僕を追いこして当然のようにシートに座りました。

 

一般的なルールでは、乗ってきた順番にシートに座るはずです。でも、このおばさんは、僕たちを無視して、後ろの仲間を呼んだのです。

どうです。こんな光景、見たことないですか。

 

僕を無視したおばさんは、冷たい人でしょうか?そうじゃない、ということをあなたは分るでしょう。
このおばさんは、おばさんを知る人たちの間では、おそらく、世話好きで面倒見がいいと思われているはずです。


おばさんは、自分に関係のある人たちを大切にしているのです。

 

「世間」は、自分と関係のある人たちのことだと書きました。
つまり、このおばさんは、自分の「世間」を大切にしているのです。
そして、次に乗ってきた僕ともう一人の乗客は、自分と関係のない「社会」の人なのです。だから、簡単に無視できるのです。

 

日本人は、基本的に「世間」に生きています。


自分に関係のある人たちをとても大切にします。けれど、自分に関係のない「社会」に生きる人たちは、無視して平気なのです。
それは、冷たいとかいじわるとかではなく、生きる世界が違うと思っているからです。

 

あなたも、街で知り合いに会うと、気兼(きが)ねなく声をかけるでしょう。
「世間」に生きている人とは、普通に話せます。
でも、知らない人にはなかなか声をかけられないはずです。それは「社会」に生きる人だからです。

 

『Cool japan』(鴻上さんが司会をするTV番組)に出演しているブラジル人が、ある日、僕に言いました。


「日本人は本当に優しい人たちだと思う。3・11の東日本大震災の時、みんなが助け合っていた。私の国だったら、コンビニが襲われたり、交通が乱れてパニックになっていただろう。でも、日本人は、そんなことはなかった。素晴らしい」


ところが、数日後、彼は戸惑(とまど)った顔をして僕に言いました。


「今日、ベビーカーを抱えた女性が、駅の階段を上がろうとしていた。彼女は、ふうふう言いながら、ベビーカーを抱えていた。信じられない。私の国なら、すぐに彼女を助けて、ベビーカーを代わりに持ってあげるだろう。どうして日本人は彼女を助けないのか?日本人は優しい人たちじゃなかったのか?」

 

どうして助けないのか、日本人のあなたなら、その理由は分るでしょう。
日本人は冷たいからか?違いますよね。


ベビーカーを抱えている女性は、あなたにとって「社会」に生きる人だからですよね。


つまり、あなたと関係ない人だから、あなたは手を貸さないのです。いえ、貸せないと言ってもいいです。他人には声をかけにくいのです。
もし、その女性が、あなたの知っている人なら、あなたは間違いなく、すぐに助けたでしょう。


冷たいとか冷たくないとか、関係ないのです。


私たち日本人は、自分と関係のある「世間」の人達とは簡単に交流するけれど、自分と関係のない「社会」の人達とは、なるべく関わらないようにしているのです。


というか、より正確にいえば、関わり方が分からないのです。

 

この本を読んでいるあなたの周りには、「世間」と「社会」という2種類の世界があるのです。
あなたはふだん、学校や塾、近所の知り合いの人達という「世間」に生きているはずです。そして、道や駅やお店で会った「社会」に生きる知らない人と長く深く話し込む機会は、あまりないと思います。

それが、平均的な日本人です。

 

あなたの周りの大人2人が

「お出かけですか?」

「ええ、ちょっとそこまで」という会話をしているのを聞いたことがありますか?

こういう会話が「世間話」です。

この2人は、お互いが同じ「世間」にいることを確認しているのです。

「あなたと私は、同じ『世間』のメンバーなんだ」という確認です。

実際、この会話は、「社会」の人とはしません。

知らない人に向かって「お出かけですか?」とは聞きませんし、知らない人に向かって「ええ、ちょっとそこまで」とは返さないのです。

学校でもクラブ活動でも、「あいさつ」をしようと盛んに言うのは、同じ「世間」のメンバーだという確認をしたいからです。

日本人は「世間話」は得意です。

でもこれからは、「社会話」(注:鴻上さんがつくった造語)もできるようになるといいなと僕は思っています。

例えば、毎日、ジョギングして、すれ違う人と「こんにちはー」というのは「社会話」です。

犬の散歩をしていて、別の飼い主さんとお互いの犬の話をするのも「社会話」です。

図書館で知らない人と、「勉強は大変だなあ」と言いあうのも「社会話」です。

こういう会話が「世間」に生き苦しくなっているあなたの心を自由にするのです。

 

そうは言っても、「世間」なんてピンと来ないなあと、あなたは思いましたか?

自分がどれぐらい「世間」に生きているか、簡単にテストできる方法があります。
友達から「最近、おまえ、評判悪いよ」と言われたと想像してください。
あなたは思わず、「誰が言ってるの?」と聞きます。すると、友達は、顔をしかめながら「みんな言ってるよ」と答えるのです。
どうですか?ドキッとしますか?
まったく何も感じない、という人は少ないんじゃないでしょうか。

 

冷静に考えれば、「みんな言ってる」というのはおかしいのです。


クラス35人だとして、あなたを除いた34人全員があなたの悪口を言うはずがないのです。

たった一人をクラス全員がまとまっていじめる場合でも、全員が悪口を言うことはありません。必ず、黙っている人がいるはずです。そういう人は、みんなに従っていじめているふりをしながら、じっと黙っているのです。

 

クラブ活動で、メンバーが20人いたとして、あなたを除いた19人全員があなたの悪口を言うはずがないのです。
塾のいつものメンバーが10人だとして、あなたを除いた9人全員があなたの悪口を言うはずがないのです。

 

ですから「みんな言っているよ」というのはおかしいのです。


でも、私たちは、友達から「みんな、あんたの悪口を言っているよ」と言われると、ドキッとしてしまうのです。

それは、私たちが「世間」に生きている証拠です。

 

「クラスのみんなが言っているよ」と言われてドキッとしない場合でも、「いつもの仲間がみんな言ってるよ」と言われたら、ドキッとするかもしれません。
その場合は、クラスではなく「いつもの仲間」「仲良しグループ」が「世間」ということになります。

お互いが助け合い、強くつながっている集団が「世間」なのです。

思い入れのないグループ、好きでも無い集団、関心のない人達だと、「あなたの悪口を言っている」と言われても、あんまりチクッとしません。


その場合は、その集団は、あなたにとって「世間」ではありません。あなたは、その集団の掟(ルール)に従う必要もないし、従うつもりもないでしょう。いつやめてもいいと思っているはずです。

 

逆に、大切な人たち、大好きなグループ、ちゃんと所属している集団だと、チクッではなく、ドキッとするでしょう。
それは、あなたにとって「世間」です。


「世間」に生きることは、安心することですが、同時にいろんな掟(ルール)に縛られることなのです。

 

大切なことは、今現在、「世間」に属していない人も、「世間」という考え方・感じ方が日本人として残っているということです。
いつも一人ぼっちの人でも、知っている人には話しかけやすく、知らない人たちには気軽に声をかけられないでしょう。


「世間」に属する人たちを親しく感じ、「社会」に属する人たちには距離を感じるということです。

 

外国には「世間」はない

ほとんどの外国は「社会」しかありません。
つまり、自分が知っている人たちと知らない人たちを分けないのです。
知らない者同士が会話をすることが当たり前の「社会」に生きているのです。

 

いろんな国に行き、いろんな風景を見て、いろんな文化を見ることは、自分が生きている国や街、文化を相対的に見ることに役立ちます。
「相対的」というのは、自分の生きている状況が唯一、絶対ではないと分かるということです。

 

自分の今の状況はたったひとつの正解ではないんだという考えは、息苦しさから私たちを救ってくれます。


「多様な視点や価値観は心を自由にする」ということが「相対的に考える」ということです。

 

私たちは、苦しくなると、モノの見方が狭くなってきます。
「もうこの解決方法しかない」とか、「これをやるしかない」「他にどうしようもない」と思い込みがちになります。

 

そういう時、他の文化を知っていれば、いろんな考え方、見方ができるのです。

それは、まさに「心を自由」にします。

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鴻上尚史さんは、グループの仲間から友達扱いされてない女子高生から相談を受けたそうです。

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5人の仲良しグループで、授業の移動もランチも、いつもみんな一緒で、放課後にケーキ食べ放題に行ったり、夏休みには海に行ったりもしています。


でも、彼女はグループの中で「自分はいてもいなくてもいい感じ」と思っています。


遊びの決め事は相談なしに決まっていることが多いし、4人のうち誰かが話し始めても、自分の方を向いて話してくれることはほとんどないのです。

 

カフェに入っても、いつも端っこのはみ出る席に座ることになります。一度、真ん中の席に座ったら「奥につめて」と言われました。

 

グループの最下層にいると感じます。そして、みんな、私のことを本当の友達だと思ってない、と彼女は感じていたのです。

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鴻上さんは彼女に、こうアドバイスしました。

 

「本当の友達とは思ってくれない人達といつも一緒にいる」ことと「一人でお昼を食べたり、教室を移動する」ことの、どっちがイヤですか?

もちろん、どっちもイヤです。でも、どっちが【より】イヤですか。

焦(あせ)る必要はありません。じっくり考えて下さい。

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鴻上さんは中学時代、どっちがイヤかを考えて「一人のみじめさ」を選びました。「友達じゃないのに、友達のふりをする」ことが本当にイヤだったからです。

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そして、しばらくすると、同じように「友達のふりをするのがイヤだ」と思って「一人」を選んだ人がいることに気付きました。

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そして、その人と話し始めました。そして、本当に友達になりました。

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「一人のみじめさを選ぶ」ということは、「世間」から外れるということです。

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でも、大丈夫。「世間」から外れたからと言って、あなたは死刑になるわけではありません。

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もちろん、さびしいです。このさびしさがイヤで「世間」を選ぶ人もいるでしょう。

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では、そのさびしさをまぎらわす方法を考えましょう。

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さびしさが少しでも減れば「世間」から抜け出しやすくなるはずです。

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モーレツなサラリーマンが、定年退職した後、ヌケガラのようになることがあります。それは、会社が、たったひとつの「世間」だったからです。

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もし、このサラリーマンが、会社だけでなく、例えば、ふだんから地域の草野球のメンバーとして活動していたり、地域のボランティアサークルで活動していたら、会社をやめた後もやることがあるのでヌケガラにならなくてすんだと思います。

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鴻上さんに相談した、女子高生も、たったひとつの「世間」にしか所属していないから苦しんだのです。

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でももし、彼女が、週に一回、ダンス教室に通っていて、そこにも友達がいたら「最下層に扱われているグループ」から抜けるのはもっと簡単だったと思います。

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たったひとつの「世間」しかないから、頼ってしまうのです。苦しいことがあっても、抜けられないと思ってしまうのです。

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ダンス教室だけではなく、塾にも週1で通っていて、そこにも「世間」がある、なんて場合は、より彼女は自由になるでしょう。

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たったひとつの「世間」だけでなく、複数の「世間」に所属すること。
いつも一緒にいるグループだけではなく、たまに会う人達との関係も作っておくこと。

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それが、あなたの生き苦しさを救うことになる、というのが、鴻上さんのアドバイスです。

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これだけでは、私たちの声優ワークショップの勧誘という意味だけにもなりかねませんので、わたし個人の「生き苦しさからラクになる」方法も書いときます。

 

わたしの方法は、図書館通いです。

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毎日、本ばかり読んでます。演劇の本はもちろん、歴史、物理、社会学など、ジャンルは決めないで、「面白そうだな」と思った本を片っ端から読んでます。

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そうすると当然、昨日より知識は増えますよね。

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それが私には楽しいんです。「昨日は知らなかったことが、今日はわかる」と成長が実感できることが、私には合ってるみたいですね。

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それが私の「自分を生き苦しさから救う」方法です。

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あなたも、あなたに合った「生き苦しさからラクになる」方法が見つかることを心より願っております。

 

参考文献

「空気」を読んでも従わない 岩波ジュニア新書

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