ワークショップ 声優演技研究所 diary

「なんで演技のレッスンをしてるんですか?」 見学者からの質問です。 かわいい声を練習するのが声優のワークショップと思っていたのかな。実技も知識もどっちも大切!いろんなことを知って演技に役立てましょう。話のネタ・雑学にも。💛

太宰治の「カチカチ山」

これはすごいぞ!太宰治の「カチカチ山」

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人間心理のいろいろを、ものの見事に活写しており、演劇の参考になること間違いありません。

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内容の一部を抜粋させていただきます。

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カチカチ山の物語に於(お)ける兎(うさぎ)は少女、

そうしてあの惨(みじ)めな敗北を喫する狸(たぬき)は、その兎の少女を恋している醜男(ぶおとこ)。

 

これはもう疑いを容(い)れぬ儼然(げんぜん)たる事実のように私には思われる。

 

兎の仕打は、執拗(しつよう)すぎる。

一撃のもとに倒すというような颯爽(さっそう)たる仇討(あだう)ちではない。

生殺しにして、なぶって、なぶって、そうして最後は泥舟でぶくぶくである。

 

この兎は男じゃないんだ。それは、たしかだ。

この兎は十六歳の処女だ。

いまだ何も、色気は無いが、しかし、美人だ。

 

そうして、人間のうちで最も残酷なのは、えてして、このたちの女性である。

 

気にいらぬ者には平気で残酷な事をする。

こんな女に惚(ホ)れたら、男は惨憺(サンタン)たる大恥辱(だいちじょく)を受けるにきまっている。

けれども、男は、それも愚鈍の男ほど、こんな危険な女性に惚れ込み易(ヤス)いものである。

 

そうして、その結果は、たいていきまっているのである。

 
疑うものは、この気の毒な狸を見るがよい。

 

女性にはすべて、この無慈悲な兎が一匹住んでいるし、男性には、あの善良な狸がいつも溺(おぼ)れかかってあがいている。

作者の、それこそ三十何年来の、頗(すこぶ)る不振の経歴に徴(ちょう)して見ても、それは明々白々であった。おそらくは、また、君に於(お)いても。

 

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このカチカチ山は、太宰治お伽草紙」の一編です。この他に「瘤取り」(こぶとりじいさん)「浦島さん」(浦島太郎)「舌切雀」があります。

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太宰治は「カチカチ山」では、もてない男。「人間失格」では、いろんな女性から、もてる男を主人公として描いています。

 

もてない男と、もてる男。

 

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この正反対の男の気持ちをサラリと描写してしまうのはすごいです。

 

人間失格

その頃、自分に特別の好意を寄せている女が、三人いました。

ひとりは、自分の下宿している仙遊館の娘でした。

 

この娘は、必ず用箋(ようせん)と万年筆を持って自分の部屋にやって来て、

「ごめんなさい。下では、妹や弟がうるさくて、ゆっくり手紙も書けないのです。」と言って、何やら自分の机に向って一時間以上も書いているのです。

 
 早くこのひと、帰らねえかなあ、手紙だなんて、見えすいているのに。へへののもへじでも書いているのに違いないんです。

 

「見せてよ。」

 

 と死んでも見たくない思いでそう言えば、あら、いやよ、あら、いやよ、と言って、そのうれしがる事、ひどくみっともなく、興が覚めるばかりなのです。

そこで自分は、用事でも言いつけてやれ、と思うんです。

 

「すまないけどね、電車通りの薬屋に行って、カルモチンを買って来てくれない? あんまり疲れすぎて、顔がほてって、かえって眠れないんだ。すまないね、お金は、……」

「いいわよ、お金なんか。」

 

 よろこんて立ちます。用を言いつけるというのは、決して女をしょげさせる事ではなく、かえって女は、男に用事をたのまれると喜ぶものだという事も、自分はちゃんと知っているのでした。

 

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美男【いい男】に女性はこのような態度をとる。ではブ男だったら?

 

「カチカチ山」

狸の不幸は、まだ終らぬ。作者の私でさえ、書きながら溜息が出るくらいだ。

よせばよいのに、またもや兎の庵(いおり)にのこのこ出かける。

 

「遊びに来ましたよ。うふふ。」と、てれて、いやらしく笑う。

「あら!」と兎は言い、ひどく露骨(ろこつ)にいやな顔をした。

 

なあんだ、あなたなの? という気持、

いや、それよりもひどい。なんだってまたやって来たの、図々しいじゃないの、という気持、

いや、それよりも、なおひどい。ああ、たまらない! 厄病神が来た! という気持、

いや、それよりも、もっとひどい。きたない! くさい! 死んじまえ! というような極度の嫌悪(けんお)が、その時の兎の顔にありありと見えているのに、

しかし、とかく招かれざる客というものは、その訪問先の主人の、こんな憎悪感(ぞうおかん)に気附く事はなはだ疎(うと)いものである。

 

これは実に不思議な心理だ。読者諸君も気をつけるがよい。

作者のこの忠告を疑う者は、狸を見よ。狸はいま明らかに、このおそるべき錯誤(さくご)を犯しているのだ。

 

兎が、あら! と言い、そうして、いやな顔をしても、狸は一向に気がつかない。

 

狸には、その、あら! という叫びも、狸の不意の訪問に驚き、かつは喜悦(きえつ)して、おのずから発せられた処女の無邪気な声の如(ごと)くに思われ、ぞくぞく嬉しく、

 

また兎の眉(まゆ)をひそめた表惰をも、これは自分の先日のボウボウ山の災難に、心を痛めているのに違い無いと解し、

 

「や、ありがとう。」とお見舞いも何も言われぬくせに、こちらから御礼(おれい)を述べ、「心配無用だよ。もう大丈夫だ。おれには神さまがついているんだ。運がいいのだ。あんなボウボウ山なんて屁(へ)の河童(かっぱ)さ。

 

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お気づきだろうが、「人間失格」も「カチカチ山」も、ここの場面は登場人物を置き換えただけで文章の内容は、ほぼ同じだ。

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つまり男も女も、やってることはおんなじなんだな。

 

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そうしてカチカチ山は、どろぶねのクライマックスへと突入します。ここの人間心理もすごい! 

 

 「カチカチ山」

兎はもうさっきから、早く帰ってもらいたくてたまらなかった。

いやでいやで、死にそうな気持。何とかしてこの自分の庵(いおり)の附近から去ってもらいたくて、またもや悪魔的の一計を案出(あんしゅつ)する。


「ね、あなたはこの河口湖に、そりゃおいしい鮒(フナ)がうようよいる事をご存じ?」
「知らねえ。ほんとかね。」と狸は、たちまち眼をかがやかして、「お前に何かいい方法があるのかね。」


「網(アミ)で掬(すく)ったら、わけは無いわ。あの『うがしま』※【「盧+鳥」、「茲+鳥」、島】 の岸にこのごろとても大きい鮒(フナ)が集っているのよ。ね、行きましょう。私にはね、小さい舟が一艘(いっそう)あるけど、あんまり小さすぎて私たちふたりは乗れないの。それに何せ薄い板切れでいい加減に作つた舟だから、水がしみ込んで来て危いのよ。

あなたの身にもしもの事があってはいけないから、あなたの舟をこれから、ふたりで一緒に力を合せて作りましょうよ。板切れの舟は危いから、もっと岩乗(がんじょう)に、泥をこねて作りましょう。」

 

「すまねえなあ。おれはもう、泣くぜ。泣かしてくれ。おれはどうしてこんなに涙もろいか。」

と言って嘘泣(うそな)きをしながら、「ついでにお前ひとりで、その岩乗(がんじょう)ないい舟を作ってくれないか。な、たのむよ。」

と抜(ぬ)からず横着(おうちゃく)な申し出をして、

「おれは恩に着るぜ。お前がそのおれの岩乗(がんじょう)な舟を作ってくれている間に、おれは、ちょっとお弁当をこさえよう。おれはきっと立派な炊事係になれるだろうと思うんだ。」

 

「そうね。」と兎は、この狸の勝手な意見をも信じた振りして素直に首肯(うなず)く。

そうして狸は、ああ世の中なんて甘いもんだとほくそ笑む。

この間一髪(かんいっぱつ)に於(お)いて、狸の悲運は決定せられた。

 

自分の出鯖目(でたらめ)を何でも信じてくれる者の胸中には、しばしば何かのおそるべき悪計(あっけい)が蔵(ぞう)せられているものだと云う事を、迂愚(うぐ)の狸は知らなかった。調子がいいぞ、とにやにやしている。 

 

ふたりはそろって湖畔に出る。白い河口湖には波ひとつ無い。

兎はさっそく泥をこねて、所謂岩乗(いわゆるがんじょう)な、いい舟の製作にとりかかり、狸は、すまねえ、すまねえ、と言いながらあちこち飛び廻って専(もっぱ)ら自分のお弁当の内容調合に腐心し、夕風が微(かす)かに吹き起って湖面一ぱいに小さい波が立って来た頃、粘土の小さい舟が、つやつやと鋼鉄色(はがねいろ)に輝いて進水した。

 


「お前は、しかし、ずいぶん器用な娘だねえ。またたく間にこんな綺麗(きれい)な舟一艘(ふねいっそう)つくり上げてしまうのだからねえ。神技だ。」

と歯の浮くような見え透いたお世辞を言い、

 

このような器用な働き者を女房にしたら、或(ある)いはおれは、女房の働きに依(よ)って遊んでいながら贅沢(ぜいたく)ができるかも知れないなどと、色気のほかにいまはむらむら慾気(よくけ)さえ出て来て、いよいよこれは何としてもこの女にくっついて一生はなれぬ事だ、とひそかに覚悟のほぞを固めて、よいしょと泥の舟に乗り、

 

「お前はきっと舟を槽(こ)ぐのも上手(じょうず)だろうねえ。おれだって、舟の漕ぎ方くらい知らないわけでは、まさか、そんな、知らないと云うわけでは決して無いんだが、きょうはひとつ、わが女房のお手並を拝見したい。」

 

いやに言葉遣(ことばづか)いが図々しくなって来た。

 

「おれも昔は、舟の漕(こ)ぎ方にかけては名人とか、または達者(たっしゃ)とか言われたものだが、きょうはまあ寝転んで拝見(はいけん)という事にしようかな。かまわないから、おれの舟の舳(へさき)を、お前の舟の艫(とも)にゆわえ附(つ)けておくれ。舟も仲良くぴったりくっついて、死なばもろとも、見捨てちゃいやよ。」などといやらしく、きざったらしい事を言ってぐったり泥舟の底に寝そべる。


兎は、舟をゆわえ附(つ)けよと言われて、さてはこの馬鹿も何か感づいたかな? とぎょっとして狸の顔つきを盗み見たが、何の事は無い、狸は鼻の下を長くしてにやにや笑いながら、もはや夢路をたどっている。

鮒(フナ)がとれたら起(おこ)してくれ。あいつあ、うめえからなあ。おれは三十七だよ。などと馬鹿な寝言を言っている。

 

兎は、ふんと笑って狸の泥舟を兎の舟につないで、それから、櫂(かい)でぱちゃと水の面(みのも)を撃つ。するすると二艘(にそう)の舟は岸を離れる。

 

 

さて兎は、その『うが島』の夕景をうっとり望見(ぼうけん)して、
「おお、いい景色。」と呟(つぶや)く。

 

これは如何(いか)にも奇怪(きかい)である。

どんな極悪人でも、自分がこれから残虐の犯罪を行なうというその直前に於(お)いて、山水(さんすい)の美にうっとり見とれるほどの余裕なんて無いように思われるが、しかし、この十六歳の美しい処女は、眼を細めて島の夕景を観賞している。

まことに無邪気と悪魔とは紙一重である。

ああ青春は純真だ、なんて言って垂涎(すいぜん)している男たちは、気をつけるがよい。

 

「ひやあ!」と脚下(きゃっか)に奇妙な声が起(おこ)る。わが親愛なる而(しか)して甚(はなは)だ純真ならざる三十七歳の男性、狸君の悲鳴である。

 

「水だ、水だ。これはいかん。」
「うるさいわね。泥の舟だもの、どうせ沈むわ。わからなかったの?」


「わからん。理解に苦しむ。筋道(すじみち)が立たぬ。それは御無理(ごむり)というものだ。お前はまさかこのおれを、いや、まさか、そんな鬼のような、いや、まるでわからん。お前はおれの女房じゃないか。やあ、沈む。少くとも沈むという事だけは眼前(がんぜん)の真実だ。冗談にしたって、あくどすぎる。これはほとんど暴力だ。やあ、沈む。おい、お前どうしてくれるんだ。お弁当がむだになるじゃないか。このお弁当箱には鼬(イタチ)の糞(ふん)でまぶした蚯蚓(ミミズ)のマカロニなんか入っているのだ。惜(お)しいじゃないか。あっぷ! ああ、とうとう水を飲んじゃった。おい、たのむ、ひとの悪い冗談はいい加減によせ。おいおい、その綱(つな)を切っちゃいかん。死なばもろとも、夫婦は二世、切っても切れねえ縁(えにし)の艫綱(ともづな)、あ、いけねえ、切っちゃった。助けてくれ! おれは泳ぎが出来ねえのだ。白状する。昔は少し泳げたのだが、狸も三十七になると、あちこちの筋(すじ)が固くなって、とても泳げやしないのだ。白状する。おれは三十七なんだ。お前とは実際、としが違いすぎるのだ。年寄りを大事にしろ! 敬老の心掛けを忘れるな! あっぷ! ああ、お前はいい子だ、な、いい子だから、そのお前の持っている櫂(かい)をこっちへ差しのべておくれ、おれはそれにつかまって、あいたたた、何をするんだ、痛いじゃないか、櫂(かい)でおれの頭を殴りやがって、よし、そうか、わかった! お前はおれを殺す気だな、それでわかった。」と狸もその死の直前に到(いた)って、はじめて兎の悪計を見抜いたが、既におそかった。


 ぽかん、ぽかん、と無慈悲(むじひ)の櫂(かい)が頭上に降る。狸は夕陽にきらきら輝く湖面に浮きつ沈みつ、


「あいたたた、あいたたた、ひどいじゃないか。おれは、お前にどんな悪い事をしたのだ。惚(ホ)れたが悪いか。」と言って、ぐっと沈んでそれっきり。


 兎は顔を拭(ふ)いて、
「おお、ひどい汗。」と言った。

 

ところでこれは、好色(こうしょく)の戒(いまし)めとでもいうものであろうか。

十六歳の美しい処女には近寄るなという深切(しんせつ)な忠告を匂わせた滑稽物語(こっけいものがたり)でもあろうか。

或(ある)いはまた、気にいったからとて、あまりしつこくお伺(うかが)いしては、ついには極度に嫌悪(けんお)せられ、殺害せられるほどのひどいめに遭(あ)うから節度を守れ、という礼儀作法の教科書でもあろうか。

或いはまた、道徳の善悪よりも、感覚の好き嫌いに依(よ)って世の中の人たちはその日常生活に於いて互いに罵(ののし)り、または罰し、または賞(しょう)し、または服(ふく)しているものだという事を暗示している笑話であろうか。

 

いやいや、そのように評論家的な結論に焦躁(しょうそう)せずとも、狸の死ぬるいまわの際の一言にだけ留意して置いたら、いいのではあるまいか。


 曰(いわ)く、惚れたが悪いか。


古来、世界中の文芸の哀話(あいわ)の主題は、一(いつ)にここにかかっていると言っても過言ではあるまい。

 女性にはすべて、この無慈悲な兎が一匹住んでいるし、男性には、あの善良な狸がいつも溺(おぼ)れかかってあがいている。

作者の、それこそ三十何年来の、頗(すこぶ)る不振の経歴に徴(ちょう)して見ても、それは明々白々であった。おそらくは、また、君に於いても。後略。

 

【注】ブログに載せるにあたり、現代仮名遣(づか)いに改めさせていただきました。

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太宰治「カチカチ山」のすごいところは、とにかく笑えること。

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人間のイヤな面を描いているのに、読んでて大爆笑させられます。

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人間の負の側面を暴(あば)き出して、読者をイヤな気分にさせるどころか、笑いにもっていってしまう筆力(ひつりょく)!

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この文章を表現する力が、太宰治が歴史に残った、数ある理由のひとつなんでしょうね。 

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太宰治お伽草紙」の一編であるカチカチ山は、著作権が消滅した作品や著者が許諾した作品のテキストを公開しているインターネット上の電子図書館青空文庫でだれでも無料で読めますよ。

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検索エンジンに、青空文庫 と入力してみてね。 

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