妖(あや)しい川端文学!
「片腕」川端康成
「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」と娘は言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って私の膝(ひざ)においた。
「ありがとう。」と私は膝を見た。娘の右腕のあたたかさが膝に伝わった。
「そうだわ。肘(ひじ)や指の関節がまがらないと、義手みたいで味気ないでしょう。動くようにしておきますわ。」
そう言うと、私の手から自分の右腕を取って、肘に軽く唇(くちびる)をつけた。指のふしぶしにも軽く唇をあてた。
「これで動きますわ。」
「ありがとう。」私は娘の片腕を受け取った。「この腕、ものも言うかしら?話をしてくれるかしら?」
「おためしになってみて・・・やさしくしてやっていただけば、お話を聞くぐらいのことはできるかもしれませんわ。」
「やさしくするよ。」
「行っておいで。」と娘は心を移すように、私が持った娘の右腕に左手の指を触れた。
「一晩だけれど、このお方のものになるのよ。」
そして私を見る娘の目は涙が浮ぶのをこらえているようであった。
「お持ち帰りになったら、あたしの右腕を、あなたの右腕と、つけ替えてごらんになるようなことを・・・。」と娘は言った。「なさってみてもいいわ。」
「ああ、ありがとう。」
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
「雪国」は、朗読練習題材として採用されることが多いので、声優をめざす方々にはなじみ深い作品だといえるでしょう。
「片腕」は「雪国」と同じ川端康成の作品です。衝撃的です。
だけど川端文学の魔力は、こんなものじゃありませんでした。
「眠れる美女」あらすじ
眠り薬で眠らせた、一糸まとわぬ裸の少女を、「安心できるお客さま」とひと晩添い寝をさせ、清らかな夜を過ごさせるという、秘密のくらぶのお話。しかも眠らされている美女は一人だけではありませんでした・・・それが川端文学「眠れる美女」です。
~若い女の無心な寝顔ほど美しいものはないと、江口老人はこの家で思うのだった。
それはこの世のしあわせななぐさめであろうか。江口は娘の寝顔を間近にながめているだけで、自分の生涯も日ごろの塵労(じんろう)もやわらかく消えるようだった。~