ドロドロを予感させる川端文学
母の初恋 川端康成
彼女があっけなくほかの男と結婚してしまったわけは、結局、佐山が民子のからだをうばわなかったからだという原因に突きあたった。
佐山が珠(たま)のように大事にし過ぎていたものを、はたの男が土足で踏み砕いたまでのことである。娘の肉体の盲目の流れを、彼はただ見送るほかはなかった。
佐山は後で悔まれた。
どちらが民子をよけい愛しているとか、どちらが彼女を幸福にするとかは、問題ではない。手荒な方が勝ちなのだった。
しかし民子の結婚生活は幸せではありませんでした。民子は離婚したのち、一人娘の雪子(十六歳)を残して死んでしまうのです。
そんな雪子を佐山は養女として引き取りました。もちろんエッチな気持ちはさらさらありません。佐山には妻子もいたのですが、昔の夫の恋人の娘だと知っていて、妻の時枝も雪子のことをすっかり気に入ったのです。
とってもいい人達です。
そんな清々しい物語が急展開するのは、雪子が十九歳という若さで結婚して新婚旅行から帰ってきて、すぐのことでした。
雪子がほんとうに好きな男性は、佐山だったことを佐山は知ってしまうのです。
雪子のただ一度の愛の告白・・・。
小説のラストは、こうです。
雪子を若杉(雪子の夫)のところへ送りとどけるために、車を走らせているのかどうか、それは佐山自身にも分らなかった。
民子から雪子へと貫いて来た愛の稲妻が、佐山の心にきらめくばかりだった。
この物語はすごい。
1.初恋の人を大切にしすぎたため、他人にうばわれた佐山。
2.その結果、初恋の人は不幸な人生を送ってしまった。
3.その過去を「悔やんで」いるからこそ佐山は雪子を養女として引き取り大切に育てた。
そして雪子は佐山を愛している。作中にもあります通り「手荒な方が勝ち」という経験を佐山はしています。
雪子の幸せを願う佐山は、どのような行動をとるのでしょう?
小説そのものは清純で純粋です。清いままで終わりを迎えます。だけど小説が終わったとたんにドロドロの展開に突入するのではないか、と暗示させる結末になっているのが「母の初恋」です。
小説が終った瞬間、本当の物語がはじまる。そしてその展開は、あなたの想像におまかせします。
さすが川端文学。知れば知るほど、あなどれません
参考文献
「小説は終わったのに、新たな物語を想像してしまう…」それって私の大好きな「古都」(川端康成・著) のラストとおなじです・・・。
川端康成は「未完」の作品が多い作家としても知られています。